守ル者 in 沼津
6
「うぅ……」
世莉はゆっくりと意識を取り戻していく。全身の痛みと自由がないことで、自分が二号館の壁にうまっていることを思い出した。
感覚が戻り、雨粒と暴風にさらされていることを理解する。
ゆっくりと目を開く。次第に聴覚も戻ってくる。風と雨、そして何者かの咆哮が聞こえる。
そして、覚醒する。眩い閃光が嵐の中で輝いていた。
『ぐぉぉぉおおおっ!』
『滅しろぉぉぉっ!』
四号館は倒壊しており、その更に先の崩れた茶畑の上に立つオルガが上空のキングギドラに光線を放っていた。
キングギドラは首を二本失い、翼もボロボロになった状態でオルガの光線に耐えていた。
天空を厚い黒雲に閉ざされた嵐の中では黄昏の力も最大限に発揮できず、何よりも宿主の黄の体がこれまでに経験したことのない負荷を長時間におよび受け続け、既に怪獣の姿を維持することも力を連続で使うことも限界にきていた。
半世紀近くの経験が存在するとはいえ、有史以前から存在し続けている蛾雷夜とは能力以前に使い手としての経験が比較にならないものであった。
『畜生……すまねぇ、黄昏。……すまねぇ、みんな』
キングギドラは光線の中に消え、黄の体が山の中に落下した。
『ククク……現代最初の「G」といえども、異世界の神といえども、所詮はただの人。他愛ないな。……時空の爾落人は消失した。確かに、我の完全なる勝利は逸したが、貴様らの勝利もまたない。なぜなら……』
嵐の中で不気味に笑い声を上げるオルガは、全身から透明な触手を大地に伸ばした。
愛鷹山が揺れ、旧沼津市の大地が裂ける。
「! あいつ、何をする気だ?」
世莉は壁からオルガの前に転移する。
『ここで貴様らは皆死ぬからだぁぁぁっ!』
「うぐっ!」
刹那、大地は砕け散り、赤く燃えたぎりながら溶ける。
その圧倒的な力に世莉もオルガに近づくこともできず、吹き上がった溶けた大地に巻き込まれる。
「っ!」
結界を張り身を守る世莉。
しかし、その身は自分の結界とは違うものに包まれていた。
周囲の時間が止まっている。
「時空?」
「正しくは時間と空間を合成した模倣だ。他の者達も沼津支社敷地内に転移させ、敷地ごと結界に包んだ」
「玄奘!」
背後からの声に振り向くと、行方不明になった玄奘がいた。
「生きていたのか?」
「あぁ。辛うじてであったが。……体を再生させるのに時間を要した。この結界、お前ならば引き継げよう」
「あぁ。それは大丈夫だが、お前は?」
「ふっ……。己の因果を断ち切る。創造主であり、同じ能力である奴を完全に倒すことは不可能かもしれない。だが、これまでに出会った四ノ宮世莉、桧垣菜奈美、後藤銀河、そしてレリックと蛾雷夜。時空、真理、万物の三佛を我が完全に複製できるものではないが、その力の一端は僅かずつ得ている。……我が命をかければ、蛾雷夜を封じることくらいは可能性なはずだ!」
「死ぬ気か!」
「あぁ。後は任せたぞ、四ノ宮世莉」
そして、世莉は強制的に沼津支社敷地内に転移された。
同時に玄奘の結界が消失した為、世莉は慌てて結界を引き継ぐ。
眼前では消滅する旧沼津の大地とそこにいるオルガ、そしてその前に姿を現した玄奘が宙に浮いていた。
『生きていたのか、失敗作』
「左様。我が命、お前との因果を残したままでは地獄も行けぬ」
『失敗作が創造主を道連れにするつもりか? 愚かな! 身の程を知れ! 貴様には天国も地獄もない! その身に写した力と共に我が肉体に還り、無に帰するがいい!』
「もとよりそのつもりだ! ただし、この身はくれてやるが、この魂と力は永久に封じる! お前は時空の一切の力と真理の一部を永久に複製できない! その力を殺す! 蛾雷夜、お前の心は我と共に無に還る!」
『! 貴様ぁぁぁっ!』
オルガは玄奘から離れようとする。
しかし、玄奘は叫んだ。
「蛾雷夜! お前は我を解放できない! 再び一つになり、この因果に終わりを告げろぉぉぉっ!」
『! おのれ、失敗作がぁぁぁっ!』
オルガは玄奘から逃れられず、口を顎ごと広げ、その中から伸びた触手が玄奘をとらえる。
「玄奘ぉぉぉぉぉおおおおっ!」
結界で人々を守る世莉は、涙を流しながら、喉が千切れんばかりに玄奘の名を叫んだ。玄奘と出会ってから今日までの記憶が走馬灯の如く世莉の脳裏を駆け巡る。
玄奘は微かに口元に笑みを浮かべ、オルガの口の中に消えた。
『ぐぁぁぁぁぁぁあああっ!』
刹那、オルガは断末魔を上げ、消滅した。
やがて台風が過ぎ去り、大地の崩壊も終息した。
結界を解除した世莉は一号館前に立つと、完全に原形を無くした周囲に愕然とした。
「キャシャーン軍団の残党もあれに巻き込まれました」
クーガーが世莉に告げた。
八重樫と元紀が二人のもとに歩いてきた。
「今、二階堂を運び出した。……今は東條と二人にしている」
「綾さん、加島さん、ムツキに関口先輩、そして自衛隊をはじめとした多くの人。決して少ない犠牲ではないわ。四ノ宮さんも手当てをしてもらって下さい。自衛隊と三島さんが治療を行っているわ」
「あぁ。……なぁ、私達は勝ったのか?」
「………」
世莉の問いかけに、元紀はすぐに答えられなかった。
確かに、時空の爾落人は誕生して過去へ旅立ち、蛾雷夜も倒した。しかし、その代償はあまりにも大きく、ニューヨーク決戦と同様に勝利とはあまりにも程遠いものであった。
その事実を受け止めて、元紀は導き出した答えをゆっくりと口に出した。
「……負けなかった。運命は予定通り、未来へと託せたわ。私達にこの戦いで得られたものがあるとするなら、未来への希望としばらくの間の安息よ」
「蛾雷夜は、死んでない。玄奘の言葉通りになったなら」
「……そうね」
世莉の言葉に元紀も頷いた。
それに八重樫とクーガーが頷いて言った。
「恐らく、その通りだろう」
「はい。蛾雷夜は生きています。……今も、そこにいます」
「「!」」
クーガーの言葉に元紀と世莉は目を見開いた。
「どういう意味だ!」
「いるとは?」
「言葉のままです。ここからは目視しずらいですが、オルガがいた地点に蛾雷夜は今もいますよ」
「何!」
世莉は次の瞬間、姿を消した。一同は蛾雷夜のもとへと転移したとわかっていた。
「四ノ宮さん! ……汐見さんをすぐに!」
元紀は慌てて叫んだ。
「?」
世莉が転移すると、すぐに彼は気づいた。
以前の蛾雷夜とは外見が若返り、穏やかな表情であるが、同一人物であることは一目瞭然であった。
「蛾雷夜!」
「あなたは? 私を知っているのですか? 我は、何者なのでしょうか? ……そして、ここはどこなのですか?」
「なっ!」
蛾雷夜青年の第一声に世莉は戸惑った。同時に罠を警戒し、距離をとって彼に告げる。
「お前の名前は蛾雷夜。複製の爾落人だ! ここは日本の旧沼津市内で、お前が破壊した跡だ!」
「えっ?」
自分が破壊したと聞き、蛾雷夜青年は明らかな同様をする。
そこに翔子、元紀、クーガー、八重樫、菜奈美、瀬上が転移してきた。
「クーガー、どういうことだ?」
翔子が開口一番にクーガーに聞いた。
「見たままです。この方は紛れもなく蛾雷夜ですよ。もっとも、玄奘さんによって過去の記憶と人格、そして時空の一切と真理のほとんどを失っています。恐らく、今後時空に関しては複製も使用もできないでしょう。まぁ下位能力くらいならば、他の系統の能力を組み合わせることで模すことは可能でしょうけど」
「つまり、玄奘のやったことは成功したんだな?」
「はい、世莉さん。この方は蛾雷夜であって蛾雷夜でない。能力と肉体だけが同じでありますが、もはや別人となったと認識して構わないでしょうね」
クーガーの言葉を聞くと、元紀は蛾雷夜青年に歩み寄ると、躊躇なく彼に手を差し出した。
「はじめまして、蒲生元紀よ。蛾雷夜さん、よろしくね」
「蒲生さん? はじめまして。……あなたも私のことを知っているのですか?」
「えぇ。でも、今のあなたは昔のあなたではないわ。だから、はじめましてよ」
「はい」
蛾雷夜青年は不安げな表情をしつつも、しっかりと元紀の手を握り返した。
「おい、そいつをどうするつもりだ?」
世莉が敵意を剥き出しにして元紀に聞いた。
それに対して、元紀は平然とした顔で答える。
「保護するに決まっているでしょ? 彼は記憶がなくて、こんな荒れ地に嵐の中、一人でいたのよ。いくら爾落人でも疲れているはずよ?」
「だけどこいつは!」
「今クーガーが言ったはずよ? もう彼はかつての彼じゃない。なら、彼にもう何も罪はないわ」
「はぁ、流石だな。考え方が五井さんそっくりだ」
元紀の行動に瀬上は苦笑する。
しかし、世莉は納得できない様子で蛾雷夜青年を睨む。
「例えお前が別人になったとしても、私は認めない。いつ元のお前に戻るかわからないからな」
そして、世莉は一人、沼津支社へと転移した。
「まぁ、世莉もしばらくは気持ちの整理がつかないんでしょ。それに、一人くらいはそういう人がいてもいいと思うわ」
「そうね。……彼女には嫌な役をさせちゃったわね」
菜奈美の言葉に元紀は哀しげな表情で頷いた。
それに対して翔子が煙草に火をつけて言った。
「あいつのことは、上司である私に任せてくれ。だけど、世莉の言ったことも一理ある。蛾雷夜、せっかく失った自分の過去を無理に知る必要はないが、過ぎ去ったことをなかったことにはできない奴もいることは、決して忘れないことだ」
「……はい」
そして、翔子達は蛾雷夜青年と共に沼津支社へと転移した。
その後、沼津支社はガラテアが名乗りを上げ、彼女が守ることになった。
蛾雷夜は数年間、元紀に引き取られ、やがて旅立った。
そして、他の者達はそれぞれの生活に戻っていった。
――――――――――――――――――
――――――――――――――
3910年。『帝国』領域アメリカ大陸の荒野に飛び散った破片、そして巨大なUFOの残骸がクレーターの中に埋もれていた。
そこに、上空から浮島がゆっくりと飛来してきた。
浮島から降り立った「旅団」団長の蛾雷夜は、クレーターの中にいる一人の男を発見した。
「大丈夫か? 我は「旅団」の団長、蛾雷夜だ」
「……蛾雷夜?」
男は近づいてくる蛾雷夜を見た。
「あぁ。先ほどの墜落を察知した。「旅団」でも救護可能だが、近くに「帝国」領があるので、そこへ送ろう。心配はない。あそこの領主とは知り合いだ」
「……成る程。記憶を無くしたか」
「え?」
「ふふふ、戻ってきたよ。蛾雷夜、俺は万物の爾落人、和夜。そして、君の主だ。思い出せ!」
「!」
和夜の言葉に蛾雷夜の表情が見る見るうちに変化していく。
そして、和夜の前に膝を折った。
「和夜様、お待ちしておりました。月ノ民の蛾雷夜にございます」
恭しく和夜に頭をたれた蛾雷夜は、ニヤリと笑った。
その後、蛾雷夜は月ノ民の組織者として、活動を再開した。
【FIN】
「うぅ……」
世莉はゆっくりと意識を取り戻していく。全身の痛みと自由がないことで、自分が二号館の壁にうまっていることを思い出した。
感覚が戻り、雨粒と暴風にさらされていることを理解する。
ゆっくりと目を開く。次第に聴覚も戻ってくる。風と雨、そして何者かの咆哮が聞こえる。
そして、覚醒する。眩い閃光が嵐の中で輝いていた。
『ぐぉぉぉおおおっ!』
『滅しろぉぉぉっ!』
四号館は倒壊しており、その更に先の崩れた茶畑の上に立つオルガが上空のキングギドラに光線を放っていた。
キングギドラは首を二本失い、翼もボロボロになった状態でオルガの光線に耐えていた。
天空を厚い黒雲に閉ざされた嵐の中では黄昏の力も最大限に発揮できず、何よりも宿主の黄の体がこれまでに経験したことのない負荷を長時間におよび受け続け、既に怪獣の姿を維持することも力を連続で使うことも限界にきていた。
半世紀近くの経験が存在するとはいえ、有史以前から存在し続けている蛾雷夜とは能力以前に使い手としての経験が比較にならないものであった。
『畜生……すまねぇ、黄昏。……すまねぇ、みんな』
キングギドラは光線の中に消え、黄の体が山の中に落下した。
『ククク……現代最初の「G」といえども、異世界の神といえども、所詮はただの人。他愛ないな。……時空の爾落人は消失した。確かに、我の完全なる勝利は逸したが、貴様らの勝利もまたない。なぜなら……』
嵐の中で不気味に笑い声を上げるオルガは、全身から透明な触手を大地に伸ばした。
愛鷹山が揺れ、旧沼津市の大地が裂ける。
「! あいつ、何をする気だ?」
世莉は壁からオルガの前に転移する。
『ここで貴様らは皆死ぬからだぁぁぁっ!』
「うぐっ!」
刹那、大地は砕け散り、赤く燃えたぎりながら溶ける。
その圧倒的な力に世莉もオルガに近づくこともできず、吹き上がった溶けた大地に巻き込まれる。
「っ!」
結界を張り身を守る世莉。
しかし、その身は自分の結界とは違うものに包まれていた。
周囲の時間が止まっている。
「時空?」
「正しくは時間と空間を合成した模倣だ。他の者達も沼津支社敷地内に転移させ、敷地ごと結界に包んだ」
「玄奘!」
背後からの声に振り向くと、行方不明になった玄奘がいた。
「生きていたのか?」
「あぁ。辛うじてであったが。……体を再生させるのに時間を要した。この結界、お前ならば引き継げよう」
「あぁ。それは大丈夫だが、お前は?」
「ふっ……。己の因果を断ち切る。創造主であり、同じ能力である奴を完全に倒すことは不可能かもしれない。だが、これまでに出会った四ノ宮世莉、桧垣菜奈美、後藤銀河、そしてレリックと蛾雷夜。時空、真理、万物の三佛を我が完全に複製できるものではないが、その力の一端は僅かずつ得ている。……我が命をかければ、蛾雷夜を封じることくらいは可能性なはずだ!」
「死ぬ気か!」
「あぁ。後は任せたぞ、四ノ宮世莉」
そして、世莉は強制的に沼津支社敷地内に転移された。
同時に玄奘の結界が消失した為、世莉は慌てて結界を引き継ぐ。
眼前では消滅する旧沼津の大地とそこにいるオルガ、そしてその前に姿を現した玄奘が宙に浮いていた。
『生きていたのか、失敗作』
「左様。我が命、お前との因果を残したままでは地獄も行けぬ」
『失敗作が創造主を道連れにするつもりか? 愚かな! 身の程を知れ! 貴様には天国も地獄もない! その身に写した力と共に我が肉体に還り、無に帰するがいい!』
「もとよりそのつもりだ! ただし、この身はくれてやるが、この魂と力は永久に封じる! お前は時空の一切の力と真理の一部を永久に複製できない! その力を殺す! 蛾雷夜、お前の心は我と共に無に還る!」
『! 貴様ぁぁぁっ!』
オルガは玄奘から離れようとする。
しかし、玄奘は叫んだ。
「蛾雷夜! お前は我を解放できない! 再び一つになり、この因果に終わりを告げろぉぉぉっ!」
『! おのれ、失敗作がぁぁぁっ!』
オルガは玄奘から逃れられず、口を顎ごと広げ、その中から伸びた触手が玄奘をとらえる。
「玄奘ぉぉぉぉぉおおおおっ!」
結界で人々を守る世莉は、涙を流しながら、喉が千切れんばかりに玄奘の名を叫んだ。玄奘と出会ってから今日までの記憶が走馬灯の如く世莉の脳裏を駆け巡る。
玄奘は微かに口元に笑みを浮かべ、オルガの口の中に消えた。
『ぐぁぁぁぁぁぁあああっ!』
刹那、オルガは断末魔を上げ、消滅した。
やがて台風が過ぎ去り、大地の崩壊も終息した。
結界を解除した世莉は一号館前に立つと、完全に原形を無くした周囲に愕然とした。
「キャシャーン軍団の残党もあれに巻き込まれました」
クーガーが世莉に告げた。
八重樫と元紀が二人のもとに歩いてきた。
「今、二階堂を運び出した。……今は東條と二人にしている」
「綾さん、加島さん、ムツキに関口先輩、そして自衛隊をはじめとした多くの人。決して少ない犠牲ではないわ。四ノ宮さんも手当てをしてもらって下さい。自衛隊と三島さんが治療を行っているわ」
「あぁ。……なぁ、私達は勝ったのか?」
「………」
世莉の問いかけに、元紀はすぐに答えられなかった。
確かに、時空の爾落人は誕生して過去へ旅立ち、蛾雷夜も倒した。しかし、その代償はあまりにも大きく、ニューヨーク決戦と同様に勝利とはあまりにも程遠いものであった。
その事実を受け止めて、元紀は導き出した答えをゆっくりと口に出した。
「……負けなかった。運命は予定通り、未来へと託せたわ。私達にこの戦いで得られたものがあるとするなら、未来への希望としばらくの間の安息よ」
「蛾雷夜は、死んでない。玄奘の言葉通りになったなら」
「……そうね」
世莉の言葉に元紀も頷いた。
それに八重樫とクーガーが頷いて言った。
「恐らく、その通りだろう」
「はい。蛾雷夜は生きています。……今も、そこにいます」
「「!」」
クーガーの言葉に元紀と世莉は目を見開いた。
「どういう意味だ!」
「いるとは?」
「言葉のままです。ここからは目視しずらいですが、オルガがいた地点に蛾雷夜は今もいますよ」
「何!」
世莉は次の瞬間、姿を消した。一同は蛾雷夜のもとへと転移したとわかっていた。
「四ノ宮さん! ……汐見さんをすぐに!」
元紀は慌てて叫んだ。
「?」
世莉が転移すると、すぐに彼は気づいた。
以前の蛾雷夜とは外見が若返り、穏やかな表情であるが、同一人物であることは一目瞭然であった。
「蛾雷夜!」
「あなたは? 私を知っているのですか? 我は、何者なのでしょうか? ……そして、ここはどこなのですか?」
「なっ!」
蛾雷夜青年の第一声に世莉は戸惑った。同時に罠を警戒し、距離をとって彼に告げる。
「お前の名前は蛾雷夜。複製の爾落人だ! ここは日本の旧沼津市内で、お前が破壊した跡だ!」
「えっ?」
自分が破壊したと聞き、蛾雷夜青年は明らかな同様をする。
そこに翔子、元紀、クーガー、八重樫、菜奈美、瀬上が転移してきた。
「クーガー、どういうことだ?」
翔子が開口一番にクーガーに聞いた。
「見たままです。この方は紛れもなく蛾雷夜ですよ。もっとも、玄奘さんによって過去の記憶と人格、そして時空の一切と真理のほとんどを失っています。恐らく、今後時空に関しては複製も使用もできないでしょう。まぁ下位能力くらいならば、他の系統の能力を組み合わせることで模すことは可能でしょうけど」
「つまり、玄奘のやったことは成功したんだな?」
「はい、世莉さん。この方は蛾雷夜であって蛾雷夜でない。能力と肉体だけが同じでありますが、もはや別人となったと認識して構わないでしょうね」
クーガーの言葉を聞くと、元紀は蛾雷夜青年に歩み寄ると、躊躇なく彼に手を差し出した。
「はじめまして、蒲生元紀よ。蛾雷夜さん、よろしくね」
「蒲生さん? はじめまして。……あなたも私のことを知っているのですか?」
「えぇ。でも、今のあなたは昔のあなたではないわ。だから、はじめましてよ」
「はい」
蛾雷夜青年は不安げな表情をしつつも、しっかりと元紀の手を握り返した。
「おい、そいつをどうするつもりだ?」
世莉が敵意を剥き出しにして元紀に聞いた。
それに対して、元紀は平然とした顔で答える。
「保護するに決まっているでしょ? 彼は記憶がなくて、こんな荒れ地に嵐の中、一人でいたのよ。いくら爾落人でも疲れているはずよ?」
「だけどこいつは!」
「今クーガーが言ったはずよ? もう彼はかつての彼じゃない。なら、彼にもう何も罪はないわ」
「はぁ、流石だな。考え方が五井さんそっくりだ」
元紀の行動に瀬上は苦笑する。
しかし、世莉は納得できない様子で蛾雷夜青年を睨む。
「例えお前が別人になったとしても、私は認めない。いつ元のお前に戻るかわからないからな」
そして、世莉は一人、沼津支社へと転移した。
「まぁ、世莉もしばらくは気持ちの整理がつかないんでしょ。それに、一人くらいはそういう人がいてもいいと思うわ」
「そうね。……彼女には嫌な役をさせちゃったわね」
菜奈美の言葉に元紀は哀しげな表情で頷いた。
それに対して翔子が煙草に火をつけて言った。
「あいつのことは、上司である私に任せてくれ。だけど、世莉の言ったことも一理ある。蛾雷夜、せっかく失った自分の過去を無理に知る必要はないが、過ぎ去ったことをなかったことにはできない奴もいることは、決して忘れないことだ」
「……はい」
そして、翔子達は蛾雷夜青年と共に沼津支社へと転移した。
その後、沼津支社はガラテアが名乗りを上げ、彼女が守ることになった。
蛾雷夜は数年間、元紀に引き取られ、やがて旅立った。
そして、他の者達はそれぞれの生活に戻っていった。
――――――――――――――――――
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3910年。『帝国』領域アメリカ大陸の荒野に飛び散った破片、そして巨大なUFOの残骸がクレーターの中に埋もれていた。
そこに、上空から浮島がゆっくりと飛来してきた。
浮島から降り立った「旅団」団長の蛾雷夜は、クレーターの中にいる一人の男を発見した。
「大丈夫か? 我は「旅団」の団長、蛾雷夜だ」
「……蛾雷夜?」
男は近づいてくる蛾雷夜を見た。
「あぁ。先ほどの墜落を察知した。「旅団」でも救護可能だが、近くに「帝国」領があるので、そこへ送ろう。心配はない。あそこの領主とは知り合いだ」
「……成る程。記憶を無くしたか」
「え?」
「ふふふ、戻ってきたよ。蛾雷夜、俺は万物の爾落人、和夜。そして、君の主だ。思い出せ!」
「!」
和夜の言葉に蛾雷夜の表情が見る見るうちに変化していく。
そして、和夜の前に膝を折った。
「和夜様、お待ちしておりました。月ノ民の蛾雷夜にございます」
恭しく和夜に頭をたれた蛾雷夜は、ニヤリと笑った。
その後、蛾雷夜は月ノ民の組織者として、活動を再開した。
【FIN】