守ル者 in 沼津

4


「玄奘は?」

 クーガーに翔子が問いかけるが、彼は黙って首を振った。

「まさか、あいつが死んだというのか?」
「その確証はありませんが、彼ほどの爾落人であれば私に視解できないはずはありません。それだけは確かです」
「くっ!」

 翔子は思わず机に拳を突く。鈍い音が事務所内に響いた。
 その時、ハイダとクーガーが突然顔を見合わせた。

「「!」」

 刹那、二人はそれぞれ事務所内にいる者たちに叫んだ。

「皆さん、伏せてっ!」
「爆発しますっ!」
「「「「「!」」」」」

 咄嗟に一同は床に伏せた。
 刹那、廊下から爆発が起こり、廊下側の壁が砕け散った。その衝撃で机の上の機械類や書類、窓ガラスが瞬時に吹き飛ぶ。
 粉塵と異臭が漂う中、焦げた肉片が床に伏せた彼らの周囲に舞い散る。

「今の爆発は一体……?」

 口を押さえながら身を起こす元紀が呟くと、浦園が答える。

「プラスティック爆弾だ。それも規模からして軍事戦略目的に使われる極めて限定的なものだろうが、どうやって?」
「例の捕虜です」

 ハイダがソファーの影から出てきながら答える。
 一樹と共に机の下に隠れていたクーガーが姿を現し、補足説明をする。

「正しくは、南條というあの爾落人の肉体を介して蛾雷夜が爆弾を送り込んだというべきですね。彼自身も直前までそれを知らずにいた様で、私とした事が直前まで気づけませんでした。この空間は確かに世莉さんの結界によって外界からの侵入を受け付けられないようにしていますが、翔子さん達が転移を自由に使えたのは、皆さん自身が内と外とを繋ぐ一種のインターフェースの役割を果たしていた為です」
「つまり、あの南條ってのは、スパイしていただけじゃなく、その存在自体も本人の知らぬ間にスパイウェアとしての役割も持っていたってことか?」

 浦園が問いかけるとクーガーは頷いた。

「その通りです」
「……やられたな、これで仮に復旧が可能であってもしばらく近代的な戦況把握ができなくなった。司令部の肝心な目を失ったに等しいぞ!」

 浦園が唇を噛む一方で、世莉が駆け込んできた。

「大丈夫か?」
「こっちは大丈夫だよ」

 桐哉が机の下からタブレット端末を抱えながら這い出て答えた。
 そして、それを有線ネットワークに接続させると、一樹に手渡した。

「今までの様な同時に複数の分析はできませんが、これで戦況を知る目は補えると思います」
「はい! できます!」
「流石だぞ、桐哉!」

 翔子が讃える中、すぐさま一樹は電脳世界に侵入する。

「……! 大変です! 再びメカゴジラが! 今度は西部の戦場真っ只中に現れました!」
「何だって!」

 翔子が思わず声を上げる。他の者達も同じく驚きの表情を浮かべている。

『そっちで自爆テロに遭ったというのは本当か?』

 床に落ちた通信機から関口の声が聞こえた。

「本当です。こちらは、一応司令部としての機能を保てていますが、当初のそれからは落ちています」
『わかった。こちらでも二階堂さんが回ってくれたお陰で効率が上がっている。……それと、真に警戒すべきは東西でなく、敵の本丸がある南北方向の防衛だ! 四ノ宮さんに最悪、防衛を諦めることも考える様に伝えておいてくれ。恐らく今残っている者で蛾雷夜とまともに戦えるのは四ノ宮さんだけだ』
「だけど、それじゃあこちらの守備は?」
『南條の体を介して爆弾を侵入させたんだ。俺が蛾雷夜なら、もっと戦場をひっくり返す……それこそメカゴジラを送り込むくらいのことを考えてもおかしくはない。あれは、単に媒介としての有効性を試したと考える方が妥当だ。それが成功してしまった以上、次は何を送り込まれてもおかしくはない。加えて推測だが、蛾雷夜は空間系の転移を複製して使用しているのならば、やはり空間の爾落人が作ったこの絶対的な結界の方が上位優勢になると考えられる。ならば、南條の肉体内への転移のみが可能と判断できる。しかし、さっきの爆発で奴の肉片は周囲一体に散った。メカゴジラの様なデカ物を転移することはできないとしても、逆に微小なものならば転移可能だ。微細なロボや微細な爆弾を無数に送り込まれたら、俺達は一貫の終わりだ。勿論、奴の目的が単に時空の爾落人の誕生阻止であれば、それでケリが着くが、奴にとってもこれはチャンスだ。奪取、もしくは複製ができる様に接触を図るはずだ。今はまだ大丈夫だが、いよいよという時、結界は逆に命取りになる。それだけは、避けたい! ……それだけだ』
「わかりました。……世莉、聞こえたか?」

 翔子が窓の前に立つ世莉を見た。彼女は駿河湾を見つめたまま答える。

「あぁ! いざと言うときは奴と一騎打ちで、刺し違えてでも倒す!」
『俺としては、そうはさせられないけどな。……それに、時間を稼げれば彼女が戻ってくる。そうすれば、戦況の一つも変えられるはずだ!』
「彼女?」

 元紀が問いかけるが、関口は笑い声を上げたまま通信を切った。
 某大学丸はまもなく駿河湾から浜の上空へと達していた。
 そして、西部では更に激しい戦闘が繰り広げられていた。





 

 西部の第三防衛線では、キャシャーン軍団に加えてのメカゴジラ出現によって、ガラテア達は圧倒的不利に立たされていた。

「灰も残さず燃え尽きろぉぉぉぉ!」

 ガラテアの叫びと共に一気に周囲のキャシャーンが消滅する。
 しかし、直後メカゴジラからの攻撃が放たれ、追い討ちをかけることを妨げられる。

「くっ!」

 直ぐに元の数へ戻ったキャシャーンの軍勢を見て、ガラテアは思わず唇を噛む。
 一方、東條と八重樫は全身から血を流し、キャシャーンの死体を盾にしつつ辛うじて戦っている状態であった。

「広域の攻撃に適した能力でない以上、俺達は奴の策にかかった時点で死んでいた。ナナミに時間を止めてもらわなければ、俺達は痛みすら感じる暇もなかったな」
「そうは言っても、生きてるんだからいいじゃねぇか! 次は?」
「左40度からだ! 光弾連射だ!」
「OK!」

 八重樫の指示通りに東條は死体の盾から手を出して光弾を放つ。
 刹那、無数の呻き声が彼らの後方から聞こえた。

「畜生! また増えた! メカゴジラもガラテア一人だけでは敵わんぞ!」

 八重樫が言った直後、一キロほど離れた場所で激しいスパークに続いて、そこへメカゴジラが引き寄せられるかのように飛んできた。

「! なんだ!」

 東條が驚く。激しい地鳴りと土煙が、視界の悪い嵐の中の戦場を一層深いベールに包み込んだ。
 隣で八重樫が言う。

「コウだ! あの男、電磁でメカゴジラを転倒させたらしい」

 それを裏付ける様に、雨音の中、擦れた瀬上の声が轟く。

「鉄屑がぁぁ! テメェごとぶっ放してやる……!」

 しかし、刹那、メカゴジラの放つミサイルの雨が磁力に吸い寄せられ、全て瀬上へ襲い掛かる。大爆発の中にメカゴジラと瀬上は消えた。

「がはっ!」
「瀬上!」

 突如、東條の目の前に現れ、瀕死の状態で倒れる瀬上の姿に当然ながらも驚く。続いて、菜奈美と芙蓉が現れた。

「全く、無茶をしますね。あと0.1秒でも遅かったら即死でしたよ」

 紺色の瞳をした芙蓉が冷たく言い放ち、瀬上の体に触れ、治癒する。

「他は?」
「どこにいるの?」

 八重樫が聞くと、菜奈美が逆に質問してきた。

「混戦を極めていて、ガラテアはともかく他の人は私達の力じゃとても探しきれないのよ」
「そういうことか。真北に2キロの地点に一つの「G」と爾落人がいる、隼薙だろう。北西に3キロの地点に恐らく千早とか言っていた奴がいる。消去法で北東に5キロの地点に蘭戸がいる。三人の中で一番優勢を維持しているが、三人とも時間の問題だ」
「わかったわ。順番に行きましょう。……二人は援護についてきてくれる?」
「構わないが」

 菜奈美に聞かれ、八重樫は瀬上を見る。
 しかし、瀬上は上着を脱ぎ捨てて立ち上がった。

「俺のことは構うな。この程度の爾落人なんざ、俺の敵じゃねぇ! この場所とあの鉄屑は俺に任せとけ!」

 彼らにニヤリと笑って答えると、死体の山に手を翳す。刹那、死体が蠢き、次々と電撃を帯びて敵の軍団へと放たれていく。

「血液だけじゃ無理だが、新造人間とやらのお陰でこいつら鉄分の塊らしいぜ!」

 そうこうしている内に、彼らの背後でメカゴジラが再び身を起こし、光線を放ち始めた。

「まだ壊れないのか……。厄介な奴だな!」
「……ん?」

 瀬上が地団太する一方で、八重樫は西の空に振り向いた。

「どうかしましたか?」
「もう一つ、来るぞ。……一人だが、まるでキャシャーンのようだ。爾落人だが、人間ではない」

 芙蓉に問われ、彼は視線を空に向けたまま答えた。

「新手の敵か?」
「もう勘弁してくれよ」

 瀬上と東條が口々に言う。
 しかし、彼は首を振った。

「俺の力は捕捉だ。視解ではない。そこまではわからないが、かなり速いぞ!」

 その瞬間、菜奈美の目の前に翔子が現われた。

「きゃっ!」
「うわっ! 出たっ!」
「瀬上、人を幽霊のように言うな!」
「で、今更何だ? 汐見夫人様よぉ!」

 嫌味を言う瀬上を一瞥した後、翔子は菜奈美に視線を戻す。

「……遅くなったのはすまなかった。こちらも攻撃を受けたのでな。……菜奈美、一度本部に戻ってくれ。第四防衛線の戦力を用意する必要が出て来た」
「待てよ、今コイツを連れてかれたら俺達はどうしろと?」
「安心しろ。代わりの戦力はもうそこまで来ている」

 翔子は空を見上げて言った。



 

 

 同時間、本部も高速で空中を移動する存在に気づいていた。

『安心しろ。味方だ!』

 すぐさま関口からの通信が彼らに届いた。

「味方? しかし、誰が?」

 元紀が問いかけると、関口はニヤリと笑った。

『忘れたか? ここにもう一人、本当だったらいてもおかしくない奴がいるだろう? 時空の爾落人をここで生み出すならば、当然関わるべき人物の一人……偶々これまで関わる手段がなかっただけでな』
「え?」

 そこへその人物からの通信が入った。

『こちら、ムツキ! これより皆さんを援護します!』
「ムツキですって!」
『よぉ! ちゃんとお別れは言ってきたか?』

 ムツキの名前に元紀が驚く中、関口が通信で彼女に話しかけた。すぐさま明るい返事が返ってくる。

『えぇ。最後の最後に彼との夢を果たせました。でも、もう哀しみは過ぎました。彼と私の愛は、永遠に不滅です! だから……この「ちせ」で皆さんにご恩返しをします!』

 その言葉と同時に、天空からキャシャーンの軍団へ次々にミサイルが放たれる。
 大爆発が彼らを襲う上にゆっくりと雲の中から黒衣を纏ったまるで天使の様な美しい少女が降臨した。

「ちせ?」
『あぁ、T-123。鏡読みをすると「T-ISE」となることから俺が名づけたアンドロイドの商品名だ』
「商品名?」

 元紀が怪訝そうな顔で聞く。

『そうだ。……考えてもみろ。どこにMOGERAや時空の爾落人とかをつくり出す予算がある? 今回の予算はニューヨーク決戦があったからだぜ?』
「……それで、あのアンドロイドがその予算獲得の為の商品?」
『そうだ。いやぁ、世界中にはポンと大枚を叩いて、あぁいう商品を欲しがる人間が結構いるんだよ。当然の高性能だからなぁ、恐らく本物以上だと思うぜ? あのダッ……』
「だぁぁぁっ! 先輩っ! なんてもので予算を取ってるんですか! あの頃何か怪しいところと関わってると思ったら、闇の世界と商売していたんですか!」
『まぁ、確かにあまり声を大きくして売るわけにはいかない商品だが、「ちせ」はただの愛玩用ではない。それ故に世界中の元首や、大富豪達に売れたんだ。……その目的に買った物好きと周囲には思わせておき、実体は至上初の人型自立防衛・護身ロボットなんだ。つまり、暗殺者や襲撃に対して主人を守り、必要とあらば敵の兵器を完全に駆逐する一種の軍……警備用だ』
「結局、真っ当な商品ではないじゃないですか! 私の知らないところで、死の商人まで始めていたんですか?」
『あくまで自衛目的だけの制限を商品版にはつけているよ。あくまでも、商品の名目は兵器でなく、ダッ……』
「もういいです!」
『まぁ、ムツキに与えたのはリミッター解除したフル改造版だ。サイズ的な問題を考慮したら、そのスペックはMOGERAにも匹敵する! さぁ、ムツキ! そいつは俺からの香典だ! 思いっきり、暴れろぉぉぉぉっ!』

 関口が叫ぶと同時に、ムツキはちせの両腕を変形させ、地上に向けて光線とミサイルの一斉掃射をした。





 

 一方、ちせの一斉掃射による爆発が起こる東方の海岸線上空には、第二某大学丸が本営である沼津支社の正面に進行していた。
 その姿は嵐の中であるものの、明日香の反転により船体周辺の風雨を反射させており、それによって球状の空間が宙に浮び、沼津支社からも確かにそれは目視が可能であった。

「まだいますね」

 外に出たクーガーが世莉の隣に立つと静かな声で言った。

「あぁわかっている。クーガーがこちらにいるのを知っているからか、もう一切隠すつもりもないみたいだな」
「どうしますか? こちらの目的は時間稼ぎですが?」
「その程度の覚悟で通用する相手でないのは、ここまでで十分にわかってる!」
「そうだ!」

 世莉の言葉に翔子が同意しながら、外に出てくる。彼女の周囲には各種重火器、更に片手には日本刀が握られている。

「今関口から連絡があった。タイムリミットは後30分だ」
「もうあちらは後15分程度で到達するぞ?」
「だから、時間を稼ぐんだ」

 世莉の肩を叩いて、翔子は言った。

「菜奈美は?」
「まだ時間が少しかかる。ムツキという援軍が加わっているが、形勢を変えるには至っていないらしい。なに、いざとなれば時間を戻して駆けつけるはずだ」
「そうです。ここで戦いを止めるしかないんです」

 ハイダも出てくると、翔子の用意した武器を掴み、加わった。

「今ここでまとまって戦えるのは、ここにいる者だけだ。だったら、俺達で時間を稼ぐしかねぇよ。なぁ?」

 浦園も銃器の装填を確認しながら、クーガーと一樹に言った。

「やれやれ、私はこういうことに慣れていないのですがね」
「情報収集員も一つの戦力ですよね?」

 そんな二人の反応に浦園は嘆息しつつ、彼の指示で翔子が格納庫から転移した超巨大砲台に乗り込む。

「だったらコイツをぶっ放して、相手に最もダメージを与えられる方位、角度、出力を教えろ」
「デカッ!」
「ほぉーこれは凄い。電子を用いるメーザー砲を更に発展させ、電子と陽電子との対消滅による高温プラズマにする……ポジトロンライフル、陽電子砲ということですか」

 クーガーが感心した様子で言うが、ほとんどの者はその意味が理解できない。

「つまり、どういうものなんですか?」
「先輩の趣味が暴走した産物よ。元々はMOGERAに搭載されているプラズマメーザー砲を開発する際に、副産物的にできた代物よ」

 桐哉が聞くと、元紀が苦笑混じりに答えた。

「俺も関口氏から聞いた時はMOGERA以上に驚いた代物だ。E=m×cの二乗、つまりアインシュタインの式で質量が全て光、エネルギーに変わる。そして、凡そ60億度に達し、粒子同士は衝突して電子と陽電子が生成される。反応が起こり続ける一点集中型の光線としては最強の代物だ。挙句、中に装填されている電池はG動力炉の予備で用意されていたもので、威力を熱量換算すると5兆ジュールで広島型原爆一つ分よりもやや劣る程度のものらしい」
「広島型原爆の威力を一点集中型の光線で発射する兵器ですか!」

 浦園が淡々と語るが、まともに驚いているのは思わず感嘆の声を上げた一樹くらいだ。

「もう少しわかりやすい例えはないのか?」

 翔子が頭を掻きながら一樹に問いかけた。

「そうですね。……実際に粒子の質量が全て光エネルギーに変換されるので、宇宙戦神の烈怒爆閃砲と同等かそれ以上の威力があるということですかね」
「「「「あぁ~」」」」

 思わず元紀、翔子、桐哉、ハイダが頷いた。

「おっと、そろそろ最高の位置に第二某大学丸が到達しますよ! 角度は……」

 クーガーの声で一同は一瞬にして表情を真剣なものに変えた。
 素早く浦園は陽電子砲の微調整を行い、一樹が最終チェックをする。

「準備完了です!」
「よし! お前ら、持ち場に着いたな?」
「いいぞ!」
「カウントを始めます。10……」
「蒲生さん、合図は任せたぜ!」
「わかったわ」
「それって……」
「6、5……」
「決まってるでしょ!」
「3、2、1」
「光になれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 刹那、沼津支社より一筋の光が放たれ、第二某大学丸を襲った。

「やったか?」

 高熱の立ち込める中、一樹が声を上げた。まだ目視では駿河湾の様子はわからない。熱気と嵐で視界が悪すぎるのだ。

「いいえ。消滅したのは第二某大学丸だけです。反転の爾落人も複製の爾落人も生きています。蛾雷夜は逃げた様で場所が視えませんが、反転の明日香は空を飛んで……来ます!」

 クーガーの声の直後、時間を止めて駆けつけてきた菜奈美が姿を現した。

「さっきのは?」
「こいつの砲撃だ。……もう使えないようだけどな」

 翔子が答える。その後ろから世莉が叫んだ。

「菜奈美! あいつ、早いぞ! 空間の干渉のギリギリの速度だ!」
「空気抵抗も反転で加速に変えているのですね。……来ます!」

 刹那、第四防衛線を予定していた旧高速道に張られていた結界の上空で衝撃が起こった。

「翔子!」
「わかってる!」

 菜奈美の声に翔子はすぐさま、自身と菜奈美、ハイダ、浦園を第四防衛線に転移させた。
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