守ル者 in 沼津
3
「なんだ、あの数は?」
豪雨の中、一心不乱に迫る無数のキャシャーンにガラテアも身じろぐ。
「見たところ分身の術って感じだな。増えるにも限度ってのがあるだろ? なぁ?」
「俺に振られても……」
瀬上も東條も一面を覆う爾落人の軍勢を相手に戦った経験はない。そもそも数万人は彼らの推定する爾落人の総人口を遥かに凌駕している。経験するはずがない。
「奴はかつて身増の東と異名をもっていた組織幹部の異端科学者だ」
「うわっ! いきなり現われるなよ!」
突然転移してくるなり説明を始めた八重樫に驚く東條。
しかし、彼は構わずに続ける。
「一世紀前の世界大戦時にはナチスや旧日本軍で人体改造などの研究を行なっていたらしいが、戦後機関の勢力が拡大して以降は旧北朝鮮や日本国内の組織施設で研究を続けていたらしい。未確認だが、かつては奴が蛾雷夜の組織での研究では中心的な位置にいたらしい。もっとも、随分前に加島に敗れた後、自らを新造人間とやらにする為に研究をしていたらしいがな」
「そんな情報、どこで?」
「捕虜から聞き出した。元々の能力は、完全なる分身を作る身増。コピーもオリジナルも関係がなく同じ存在として増えるらしい。そこに新造人間という要素が加わり、単体でも並の爾落人とやりあえる戦闘能力を持つらしい」
「なっ! さっきのミステイカーの数十倍もいるんだぞ?」
驚く東條を一瞥し、八重樫が聞く。
「まさか、あんな雑魚で苦戦したか?」
「いや、そんなわけじゃないけど………」
「安心しろ。援軍は用意した」
八重樫の言葉と同時に、彼らの背後に菜奈美と桐生千早、そして芙蓉が転移してきた。
「大半の戦力をこっちに回したのか?」
「案ずることはありませんよ。既に結界を張っていますし、あそこは兵器倉庫です。いざとなれば武器に困りません。むしろ、こちらの方が問題です。最新情報で敵は約4万人ですので、単純計算一人5千人ずつ相手にしないといけません。千人倒した後に無事とは思えませんので、私が絶えず治癒していきます。幸い雨ですから、戦意がある限り戦い続けられると思いますよ」
驚くガラテアに芙蓉が笑顔で答える。瞳の色が紺色だ。
「ちゃっかり自分を頭数から外していやがる。……俺達は永久動力で動いてる訳じゃないんだぞ?」
「あ、それは私の力で体力消耗前に時間を戻すようにと」
頭を掻く瀬上に菜奈美が告げた。彼は顔を引きつらせて菜奈美を見る。
「それ、誰が言ったんだ?」
「浦園さんと関口さんと桐生さんの総意よ。あと蒲生さんも申し訳ないけどそれで耐えてって」
「どいつもこいつも無茶ばっか言いやがって! ……ん? あのババアは?」
『誰のことだ? 瀬上ぃ?』
「うっ! 声を転移させやがったか、汐見二号!」
『人をお笑い芸人みたいに呼ぶな! 汐見夫人と呼べ!』
「どこのセレブだよ。……戦いの直前もわざわざ転移して秀ちゃんの夕飯を作っていた癖に」
『わ、私のことはどうでもいいんだよ! 私は本部から適時、転移して陥落を防ぐ役目があるんだ! ……というか、どこでその呼び名を聞いた! 後で覚えていろよ!』
「へぇへぇ。……精々それが念仏や香典にならねぇように健闘するぜ!」
ニヤリと笑う瀬上の後ろで千早が芙蓉に問いかけた。
「三島さん、黄は自衛隊がいるとはいえ、一人に任せていて大丈夫ですかね?」
「あぁ、彼なら心配いらないでしょ。……それよりも前の敵ですよ。その剣、まだ完全に使いこなせていないのでしょう?」
芙蓉は千早の手に持つジークフリードの剣を見る。手と融合しているが、剣を握っているのがわかる。
「大丈夫です。少なくとも剣はこの意志が望む姿になるので」
「ん? どうした?」
隼薙が腕を引っ張られるようなしぐさで千早に近づいてきた。彼のブレスレットが千早に話しかけた。
『失礼。そなたもAIとお見受けする』
「あぁ、あなたがアークさんですか。パレッタさんに作られた方ですね?」
『さよう。そなたは関口氏と桐生氏の共同制作だと?』
「えぇ。この体は関口さんの開発した最初のアンドロイドです」
『なるほど。非常に良くできている。……して、そのジークフリードの剣は敵を倒す最適な形状、能力に変化すると見受けられるが、如何か?』
「事実です」
『ならば、我々にも有効な作戦がある。この隼薙の力は疾風。本日の天候は最適といえる状況だ。瀬上と言ったな?』
アークは瀬上を呼んだ。瀬上は視線を迫るキャシャーン軍から話さず返事をする。
「なんだ?」
『そなたの力は電磁だな?』
「そうだけど?」
『よし。これで風と雷がある』
「雨……いや雹が用意できるぞ?」
ガラテアがすかさず声を上げた。
『素晴らしい。我が能力は、隼薙の力をコントロールしているものだが、それは「G」による現象全てに対応可能だ。即ち、そなた達の攻撃を合成することも可能だ』
「面白れぇ! ドデカい嵐を起こすぞ!」
瀬上が腕を鳴らし、眼前に迫るキャシャーンの群に右手を翳した。
ガラテアと隼薙も手を翳す。
刹那、三人の手から風、雷、氷がそれぞれ渦を巻いて放たれる。同時に、アークの風車が回転し、それら要素が一つに合成されてキャシャーンの群に襲い掛かった。
この一撃でキャシャーンは万単位で倒され、推定約3万人の軍勢に減ったが、同時に敵も身増の力ですぐに数を取り戻そうとする。
「間髪入れるな! 3万が同時に分裂したら6万に膨れ上がるぞ!」
八重樫の喝と同時に、隼薙と共に東條と弦義が前に出た。
東條は光の剣を弦義の刀に重ねて振るう。
「のびろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
刹那、隼薙の腕でアークの風車は回転し、東條の全力で全長1キロにまで伸ばした光の剣は弦義の通貫の力が合わさり、弧を描くように敵をなぎ払う。
「はぁ……はぁ……どうだ?」
「残数約2万か。……上出来だ!」
「よし、次は私だ!」
八重樫が東條に答えると、ガラテアが声を上げ、大軍にぽっかりと空いた弧の中に飛び出し、対峙した。
大軍は彼女を取り囲もうとするが、ガラテアは地面に両手をつき、地面を変化させる。
刹那、彼女の周辺の地面は溶岩となり、一気に大軍は溶岩によって解かされる。
しかし、大軍の外輪にいたキャシャーンはそれを回避する。だが、その数は百にもみたず、菜奈美が時間を止め、残る八人がそれぞれ周囲八方に移動した。
「なかなか面白いことをするな……だが、同じ手は二度と食わないぜ」
八重樫と対峙したキャシャーンの一人が告げた。
しかし、八重樫は口をゆがめ、答える。
「それはどうかな?」
「なら、試してやるぜ!」
次の瞬間、数を減らしていたキャシャーンは再び数を増やす。
それは溶岩に囲まれた中にいるガラテアを除いた彼ら八人のそれぞれで一人ひとりを取り囲むように彼らは増えた。
「この陣形……まさか! まずい! こいつはわざと私の技にかかったんだ!」
周囲の状況に気づいたガラテアが叫んだ時はすでに遅かった。
ガラテアを除いた8人はそれぞれ敵によって八方八箇所に孤立されていた。
「! ……これは八陣図の計の攻撃への転用か」
ガラテアの声を聞いた八重樫が呟いた。
「そうさ。一度ここに迷い込めば逃げられはしない。体をこんな姿にしたんだ。この能力と、この戦闘力を最大限に活かさない手はない。何かいいものはないかと探したら、三国志演義の諸葛亮が白帝城に敷いたとされるこの陣を見つけた訳さ。生憎俺自身は文献でしか知らないから、こうしてアレンジを加えたのさ。石兵でなく俺達自身を使うって具合にな。……まさか、本当に使う機会に恵まれるとは思わなかったぜ。ありがとよ!」
「……小賢しい真似をしやがって!」
口ではそう言った八重樫であったが、やや偶然の産物とはいえ罠に嵌ったこの状況と相手の能力から、内心では苦戦を強いられることを覚悟した。
更に同時刻、三島市との境界線に巨大な影が出現した。
「なんだ? シルエットはまるでゴジラだ」
衛星映像を見た一樹が思わず口にした。
巨大な影は全身が金属に覆われ、その形はゴジラに酷似した直立した怪獣の姿をしていた。
「クーガー、わかるか?」
すぐさま翔子がクーガーに向くと、彼は愉快そうに頷いた。
「言わずもがな、蛾雷夜の力によるものでしょう。武創の力を複製して生み出した全身武器庫の様なロボット怪獣……メカゴジラと呼称すべき存在ですね。全身を覆う装甲はチタン合金の一種ですが、現在の人類の技術で作られたそれよりも遥かに頑丈ですよ。これは厄介ですね」
「本当に厄介だな。もう回せる戦力はここにいる奴らしか残っていないぞ!」
浦園が唇を噛みながら言う。
「なら、ここから回すしかないな。宮代、地下に連絡を繋いでくれ」
翔子に言われ、一樹は慌てて通信を繋ぐ。
すぐさま画面上に関口の姿が現れた。
『はいよ!』
「状況はそっちでもモニターしているな?」
『当然だ。安心しろ、既にこっちも対抗策を準備している。玄奘に伝えろ! 起動準備完了だと!』
「玄奘だと? ……まさか!」
翔子が驚いて元紀を見ると、彼女は頷き返した。そして、窓を開けると、結界を張る玄奘に向かって叫んだ。
「加島さん! 起動準備完了です!」
それを聞き、玄奘は頷く。
「四ノ宮世莉、ここは任せたぞ!」
「任せろ!」
世莉の返事を聞くなり、彼は自らを操縦席とはとても表現し難い球状の空間となっているそれのコアに転移した。
そして、瞼を閉じて、意識をリンクさせる。それをモニターする関口が両手を勢いよく広げながら叫んだ。
『リンク確認! ガイガン……起動ぉぉぉっ!』
『!』
刹那、メカゴジラの前に地下格納庫から転移したガイガンが対峙した。
「やはり、ガイガン!」
『今回の一件で予算捻出ができてやっと直せた俺の自信作だ! 腕は初期設計のカマを流用することになったけど、まぁこっちのが好きだったからいいか』
関口が腕を組んで不敵な笑みを浮かべて驚く翔子に告げる。
「日本の財政を趣味に使いやがったな?」
『いやいや、結果を出せば問題ないぜ?』
浦園が苦笑混じりに言うと、関口は挑戦的に答えた。
先に動いたのはメカゴジラであった。
目から光線を放ちつつ、同時に両手の指からミサイルが放たれ、ガイガンに襲い掛かるが、接触する直前でそれら全てが消滅する。
「笑止。わざわざリンクを容易にさせたのだ。この程度の転移なぞ造作もない」
玄奘はガイガンのコントロールカプセル内で平静な口調で言い、両手を広げる。
刹那、ガイガンも両腕を広げる。直後、メカゴジラの周囲に転移された攻撃が現れ、鋼鉄の武器庫を襲う。が、煙幕の中からメカゴジラはガイガンへ向かって飛び掛る。
「遅い!」
玄奘はガイガンを転移させ、メカゴジラの背後に回る。
しかし、メカゴジラも首を半回転させ、目から光線と口からの火炎放射でガイガンを襲う。
「くっ!」
咄嗟に後退するが、ガイガンも両腕のカマに内蔵されたワイヤーを放ち、メカゴジラの頭部を捕らえる。
それでもメカゴジラは両手両足からのミサイルと胸部からの光線で応戦する。ワイヤーで繋がっているが故に、ガイガンは回避を取れずにそれらが直撃した。
「ぐはっ!」
当然、内部にいる玄奘も攻撃の衝撃を受け、その身を崩した。連動してガイガンも膝を落とす。
一方メカゴジラは攻撃の手を休める事無く、更にワイヤーを勢い良く引き、ガイガンを投げ飛ばそうとする。
「……さ、させるかぁぁぁっ!」
ギリギリのところでガイガンは地面を蹴り、ワイヤーを撒き戻しつつ飛翔した。一見すると投げ飛ばされているようにも見えるが、刹那に二体の距離は間近へと迫り、更にガイガンの胴体にあるチェンソー状のカッターが高速で回転する。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
ガイガンはメカゴジラの胸元に飛び込み、胸部に埋め込まれたレーザー砲を破壊し、更に強固な装甲へも傷をつけ、激しい火花を散らせる。
それでも尚、メカゴジラは全身からミサイルを放ち、周囲を周回した後、自らも巻き込みガイガンへと攻撃を続ける。
爆発と衝撃の中、ガイガンは両腕のカマでメカゴジラの首を挟む。短時間にも関わらず、既に両者の装甲はボロボロに傷ついていた。
「汐見翔子! 状況を伝えろ!」
煙が立ちこみ、火花が散るコントロールカプセル内で玄奘が叫んだ。
すぐさま翔子が答える。
『西部の戦況は拮抗している。劣勢といってもいい。北東部は自衛隊の損失は大きいが、デストロイアは黄が押さえ込んで、まもなく倒せる』
そこに関口の通信が割り込んだ。
『東西に戦力分散が余儀なくされている状況だ! 南北は本営以外に防衛線は事実上ない!』
「やはり図られたか……」
『それも想定の内だ。恐らく、時期に彼女が到着する!』
「勝算は?」
『五分五分と言いたいが、引き分けに持っていけて御の字だ。こちらは目的を果たせれば負けではないが、相手も蛾雷夜が敗れない限り負けにはならない』
「そうだな。……わかった。すまないが、後は頼んだぞ」
『嫌だね! 何がなんでも生きろ!』
「運がよければ、な……」
玄奘は軽く笑みを浮かべて答えると通信も翔子との転移のリンクも絶った。
刹那、ガイガンは両腕を回し、メカゴジラの首をもぎ取った。同時に、メカゴジラの両手もドリルの如く高速で回転し、ガイガンの胴を貫き、更に一斉砲撃を放った。
暴風雨に見舞われる三島市からでもはっきりと確認のできるほどの大爆発と地響きが起こったのはその僅か数瞬後であった。
無残に頭部と両腕を欠き、胸部に大きな損傷を負い機能を停止したメカゴジラと木っ端微塵に爆発四散したガイガンの残骸がその爆心地には転がっていた。
その数分後、西部の戦場に再び同一のメカゴジラが出現した。
「なんだ、あの数は?」
豪雨の中、一心不乱に迫る無数のキャシャーンにガラテアも身じろぐ。
「見たところ分身の術って感じだな。増えるにも限度ってのがあるだろ? なぁ?」
「俺に振られても……」
瀬上も東條も一面を覆う爾落人の軍勢を相手に戦った経験はない。そもそも数万人は彼らの推定する爾落人の総人口を遥かに凌駕している。経験するはずがない。
「奴はかつて身増の東と異名をもっていた組織幹部の異端科学者だ」
「うわっ! いきなり現われるなよ!」
突然転移してくるなり説明を始めた八重樫に驚く東條。
しかし、彼は構わずに続ける。
「一世紀前の世界大戦時にはナチスや旧日本軍で人体改造などの研究を行なっていたらしいが、戦後機関の勢力が拡大して以降は旧北朝鮮や日本国内の組織施設で研究を続けていたらしい。未確認だが、かつては奴が蛾雷夜の組織での研究では中心的な位置にいたらしい。もっとも、随分前に加島に敗れた後、自らを新造人間とやらにする為に研究をしていたらしいがな」
「そんな情報、どこで?」
「捕虜から聞き出した。元々の能力は、完全なる分身を作る身増。コピーもオリジナルも関係がなく同じ存在として増えるらしい。そこに新造人間という要素が加わり、単体でも並の爾落人とやりあえる戦闘能力を持つらしい」
「なっ! さっきのミステイカーの数十倍もいるんだぞ?」
驚く東條を一瞥し、八重樫が聞く。
「まさか、あんな雑魚で苦戦したか?」
「いや、そんなわけじゃないけど………」
「安心しろ。援軍は用意した」
八重樫の言葉と同時に、彼らの背後に菜奈美と桐生千早、そして芙蓉が転移してきた。
「大半の戦力をこっちに回したのか?」
「案ずることはありませんよ。既に結界を張っていますし、あそこは兵器倉庫です。いざとなれば武器に困りません。むしろ、こちらの方が問題です。最新情報で敵は約4万人ですので、単純計算一人5千人ずつ相手にしないといけません。千人倒した後に無事とは思えませんので、私が絶えず治癒していきます。幸い雨ですから、戦意がある限り戦い続けられると思いますよ」
驚くガラテアに芙蓉が笑顔で答える。瞳の色が紺色だ。
「ちゃっかり自分を頭数から外していやがる。……俺達は永久動力で動いてる訳じゃないんだぞ?」
「あ、それは私の力で体力消耗前に時間を戻すようにと」
頭を掻く瀬上に菜奈美が告げた。彼は顔を引きつらせて菜奈美を見る。
「それ、誰が言ったんだ?」
「浦園さんと関口さんと桐生さんの総意よ。あと蒲生さんも申し訳ないけどそれで耐えてって」
「どいつもこいつも無茶ばっか言いやがって! ……ん? あのババアは?」
『誰のことだ? 瀬上ぃ?』
「うっ! 声を転移させやがったか、汐見二号!」
『人をお笑い芸人みたいに呼ぶな! 汐見夫人と呼べ!』
「どこのセレブだよ。……戦いの直前もわざわざ転移して秀ちゃんの夕飯を作っていた癖に」
『わ、私のことはどうでもいいんだよ! 私は本部から適時、転移して陥落を防ぐ役目があるんだ! ……というか、どこでその呼び名を聞いた! 後で覚えていろよ!』
「へぇへぇ。……精々それが念仏や香典にならねぇように健闘するぜ!」
ニヤリと笑う瀬上の後ろで千早が芙蓉に問いかけた。
「三島さん、黄は自衛隊がいるとはいえ、一人に任せていて大丈夫ですかね?」
「あぁ、彼なら心配いらないでしょ。……それよりも前の敵ですよ。その剣、まだ完全に使いこなせていないのでしょう?」
芙蓉は千早の手に持つジークフリードの剣を見る。手と融合しているが、剣を握っているのがわかる。
「大丈夫です。少なくとも剣はこの意志が望む姿になるので」
「ん? どうした?」
隼薙が腕を引っ張られるようなしぐさで千早に近づいてきた。彼のブレスレットが千早に話しかけた。
『失礼。そなたもAIとお見受けする』
「あぁ、あなたがアークさんですか。パレッタさんに作られた方ですね?」
『さよう。そなたは関口氏と桐生氏の共同制作だと?』
「えぇ。この体は関口さんの開発した最初のアンドロイドです」
『なるほど。非常に良くできている。……して、そのジークフリードの剣は敵を倒す最適な形状、能力に変化すると見受けられるが、如何か?』
「事実です」
『ならば、我々にも有効な作戦がある。この隼薙の力は疾風。本日の天候は最適といえる状況だ。瀬上と言ったな?』
アークは瀬上を呼んだ。瀬上は視線を迫るキャシャーン軍から話さず返事をする。
「なんだ?」
『そなたの力は電磁だな?』
「そうだけど?」
『よし。これで風と雷がある』
「雨……いや雹が用意できるぞ?」
ガラテアがすかさず声を上げた。
『素晴らしい。我が能力は、隼薙の力をコントロールしているものだが、それは「G」による現象全てに対応可能だ。即ち、そなた達の攻撃を合成することも可能だ』
「面白れぇ! ドデカい嵐を起こすぞ!」
瀬上が腕を鳴らし、眼前に迫るキャシャーンの群に右手を翳した。
ガラテアと隼薙も手を翳す。
刹那、三人の手から風、雷、氷がそれぞれ渦を巻いて放たれる。同時に、アークの風車が回転し、それら要素が一つに合成されてキャシャーンの群に襲い掛かった。
この一撃でキャシャーンは万単位で倒され、推定約3万人の軍勢に減ったが、同時に敵も身増の力ですぐに数を取り戻そうとする。
「間髪入れるな! 3万が同時に分裂したら6万に膨れ上がるぞ!」
八重樫の喝と同時に、隼薙と共に東條と弦義が前に出た。
東條は光の剣を弦義の刀に重ねて振るう。
「のびろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
刹那、隼薙の腕でアークの風車は回転し、東條の全力で全長1キロにまで伸ばした光の剣は弦義の通貫の力が合わさり、弧を描くように敵をなぎ払う。
「はぁ……はぁ……どうだ?」
「残数約2万か。……上出来だ!」
「よし、次は私だ!」
八重樫が東條に答えると、ガラテアが声を上げ、大軍にぽっかりと空いた弧の中に飛び出し、対峙した。
大軍は彼女を取り囲もうとするが、ガラテアは地面に両手をつき、地面を変化させる。
刹那、彼女の周辺の地面は溶岩となり、一気に大軍は溶岩によって解かされる。
しかし、大軍の外輪にいたキャシャーンはそれを回避する。だが、その数は百にもみたず、菜奈美が時間を止め、残る八人がそれぞれ周囲八方に移動した。
「なかなか面白いことをするな……だが、同じ手は二度と食わないぜ」
八重樫と対峙したキャシャーンの一人が告げた。
しかし、八重樫は口をゆがめ、答える。
「それはどうかな?」
「なら、試してやるぜ!」
次の瞬間、数を減らしていたキャシャーンは再び数を増やす。
それは溶岩に囲まれた中にいるガラテアを除いた彼ら八人のそれぞれで一人ひとりを取り囲むように彼らは増えた。
「この陣形……まさか! まずい! こいつはわざと私の技にかかったんだ!」
周囲の状況に気づいたガラテアが叫んだ時はすでに遅かった。
ガラテアを除いた8人はそれぞれ敵によって八方八箇所に孤立されていた。
「! ……これは八陣図の計の攻撃への転用か」
ガラテアの声を聞いた八重樫が呟いた。
「そうさ。一度ここに迷い込めば逃げられはしない。体をこんな姿にしたんだ。この能力と、この戦闘力を最大限に活かさない手はない。何かいいものはないかと探したら、三国志演義の諸葛亮が白帝城に敷いたとされるこの陣を見つけた訳さ。生憎俺自身は文献でしか知らないから、こうしてアレンジを加えたのさ。石兵でなく俺達自身を使うって具合にな。……まさか、本当に使う機会に恵まれるとは思わなかったぜ。ありがとよ!」
「……小賢しい真似をしやがって!」
口ではそう言った八重樫であったが、やや偶然の産物とはいえ罠に嵌ったこの状況と相手の能力から、内心では苦戦を強いられることを覚悟した。
更に同時刻、三島市との境界線に巨大な影が出現した。
「なんだ? シルエットはまるでゴジラだ」
衛星映像を見た一樹が思わず口にした。
巨大な影は全身が金属に覆われ、その形はゴジラに酷似した直立した怪獣の姿をしていた。
「クーガー、わかるか?」
すぐさま翔子がクーガーに向くと、彼は愉快そうに頷いた。
「言わずもがな、蛾雷夜の力によるものでしょう。武創の力を複製して生み出した全身武器庫の様なロボット怪獣……メカゴジラと呼称すべき存在ですね。全身を覆う装甲はチタン合金の一種ですが、現在の人類の技術で作られたそれよりも遥かに頑丈ですよ。これは厄介ですね」
「本当に厄介だな。もう回せる戦力はここにいる奴らしか残っていないぞ!」
浦園が唇を噛みながら言う。
「なら、ここから回すしかないな。宮代、地下に連絡を繋いでくれ」
翔子に言われ、一樹は慌てて通信を繋ぐ。
すぐさま画面上に関口の姿が現れた。
『はいよ!』
「状況はそっちでもモニターしているな?」
『当然だ。安心しろ、既にこっちも対抗策を準備している。玄奘に伝えろ! 起動準備完了だと!』
「玄奘だと? ……まさか!」
翔子が驚いて元紀を見ると、彼女は頷き返した。そして、窓を開けると、結界を張る玄奘に向かって叫んだ。
「加島さん! 起動準備完了です!」
それを聞き、玄奘は頷く。
「四ノ宮世莉、ここは任せたぞ!」
「任せろ!」
世莉の返事を聞くなり、彼は自らを操縦席とはとても表現し難い球状の空間となっているそれのコアに転移した。
そして、瞼を閉じて、意識をリンクさせる。それをモニターする関口が両手を勢いよく広げながら叫んだ。
『リンク確認! ガイガン……起動ぉぉぉっ!』
『!』
刹那、メカゴジラの前に地下格納庫から転移したガイガンが対峙した。
「やはり、ガイガン!」
『今回の一件で予算捻出ができてやっと直せた俺の自信作だ! 腕は初期設計のカマを流用することになったけど、まぁこっちのが好きだったからいいか』
関口が腕を組んで不敵な笑みを浮かべて驚く翔子に告げる。
「日本の財政を趣味に使いやがったな?」
『いやいや、結果を出せば問題ないぜ?』
浦園が苦笑混じりに言うと、関口は挑戦的に答えた。
先に動いたのはメカゴジラであった。
目から光線を放ちつつ、同時に両手の指からミサイルが放たれ、ガイガンに襲い掛かるが、接触する直前でそれら全てが消滅する。
「笑止。わざわざリンクを容易にさせたのだ。この程度の転移なぞ造作もない」
玄奘はガイガンのコントロールカプセル内で平静な口調で言い、両手を広げる。
刹那、ガイガンも両腕を広げる。直後、メカゴジラの周囲に転移された攻撃が現れ、鋼鉄の武器庫を襲う。が、煙幕の中からメカゴジラはガイガンへ向かって飛び掛る。
「遅い!」
玄奘はガイガンを転移させ、メカゴジラの背後に回る。
しかし、メカゴジラも首を半回転させ、目から光線と口からの火炎放射でガイガンを襲う。
「くっ!」
咄嗟に後退するが、ガイガンも両腕のカマに内蔵されたワイヤーを放ち、メカゴジラの頭部を捕らえる。
それでもメカゴジラは両手両足からのミサイルと胸部からの光線で応戦する。ワイヤーで繋がっているが故に、ガイガンは回避を取れずにそれらが直撃した。
「ぐはっ!」
当然、内部にいる玄奘も攻撃の衝撃を受け、その身を崩した。連動してガイガンも膝を落とす。
一方メカゴジラは攻撃の手を休める事無く、更にワイヤーを勢い良く引き、ガイガンを投げ飛ばそうとする。
「……さ、させるかぁぁぁっ!」
ギリギリのところでガイガンは地面を蹴り、ワイヤーを撒き戻しつつ飛翔した。一見すると投げ飛ばされているようにも見えるが、刹那に二体の距離は間近へと迫り、更にガイガンの胴体にあるチェンソー状のカッターが高速で回転する。
「うおぉぉぉぉぉぉ!」
ガイガンはメカゴジラの胸元に飛び込み、胸部に埋め込まれたレーザー砲を破壊し、更に強固な装甲へも傷をつけ、激しい火花を散らせる。
それでも尚、メカゴジラは全身からミサイルを放ち、周囲を周回した後、自らも巻き込みガイガンへと攻撃を続ける。
爆発と衝撃の中、ガイガンは両腕のカマでメカゴジラの首を挟む。短時間にも関わらず、既に両者の装甲はボロボロに傷ついていた。
「汐見翔子! 状況を伝えろ!」
煙が立ちこみ、火花が散るコントロールカプセル内で玄奘が叫んだ。
すぐさま翔子が答える。
『西部の戦況は拮抗している。劣勢といってもいい。北東部は自衛隊の損失は大きいが、デストロイアは黄が押さえ込んで、まもなく倒せる』
そこに関口の通信が割り込んだ。
『東西に戦力分散が余儀なくされている状況だ! 南北は本営以外に防衛線は事実上ない!』
「やはり図られたか……」
『それも想定の内だ。恐らく、時期に彼女が到着する!』
「勝算は?」
『五分五分と言いたいが、引き分けに持っていけて御の字だ。こちらは目的を果たせれば負けではないが、相手も蛾雷夜が敗れない限り負けにはならない』
「そうだな。……わかった。すまないが、後は頼んだぞ」
『嫌だね! 何がなんでも生きろ!』
「運がよければ、な……」
玄奘は軽く笑みを浮かべて答えると通信も翔子との転移のリンクも絶った。
刹那、ガイガンは両腕を回し、メカゴジラの首をもぎ取った。同時に、メカゴジラの両手もドリルの如く高速で回転し、ガイガンの胴を貫き、更に一斉砲撃を放った。
暴風雨に見舞われる三島市からでもはっきりと確認のできるほどの大爆発と地響きが起こったのはその僅か数瞬後であった。
無残に頭部と両腕を欠き、胸部に大きな損傷を負い機能を停止したメカゴジラと木っ端微塵に爆発四散したガイガンの残骸がその爆心地には転がっていた。
その数分後、西部の戦場に再び同一のメカゴジラが出現した。