銀河vsデストロイア in三保

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 2011年10月31日、静岡県静岡市清水区を地震が襲ったのは午後6時5分で、清水の三保半島に校舎を構える私立某大学海洋学部で明日から催される文化祭準備が、その大部分を終えた頃であった。
 記録された震度は少し強い揺れを感じる4度。まもなく気象庁が発表した震源地は駿河湾内の南海トラフの一部で、ごく浅い所で発生したプレート面で断層を生み出して発生した海溝型地震と推定された。
 この夜、清水は津波に対する警戒と予ていわれている東海地震の前兆ではないかという不安から、町の機能が一時的に失われた。

「あー…復旧の目処は無しか?」

 JR東海道線清水駅の改札の前に置かれた看板を読んで、後藤銀河は独り言を呟いた。改札には虎ロープで封鎖され、看板には津波警戒の為、安全の確認が済むまで運休の旨が書かれていた。
 銀河は足留めをくらった人々が座り込む駅構内を見回した。旅行荷物を持った者もいれば、背広姿の会社員らしき者もいる。改札口正面にある周辺案内図と時計を見た。時刻は午後7時少し前。少し思案した後、銀河は清水の町を歩いてみることにした。野宿する場所など、駅も公園も同じである。





 

「おや? お兄さん、昨晩も着たよね?」

 明け方、銀河は再び清水駅まで戻り、駅前ロータリーに面したコンビニに入ると店員の一人が話しかけてきた。髪を茶色に染めた若い男で、歳は三十前だろう。

「えぇ。地震で足留めされてしまいまして……あ、おはようございます」

 銀河は苦笑しつつ、ホット缶コーヒーをレジに出して言った。

「まぁついでに清水観光でもしていきなよ」
「というか、草薙神社を見てふらふら歩いてきたら、清水近くで地震に遭ってしまいまして。……夜では次郎長記念館も入れないんですね?」
「えーっと、確か僕が準夜で入ってしばらくした頃だから……7時過ぎ頃だったよね? 君が来たの」
「はい」
「もしかして、夜通し歩き回ってた?」
「流石に、途中公園で寝ましたよ?」

 怪訝な顔をした店員に銀河は苦笑しつつ答えた。

「だよね。……おっ、お疲れ様! 駄目ジャンプはしたかい?」

 若干安堵した表情を見せると、店内に入ってきた青年に店員は笑いかけた。知り合いらしい。

「勿論ですよ。ついでにイワンも」
「バカーって?」
「そうそう」

 青年はかすれた声で頷きながら、のど飴をレジに持ってくる。どうやらすぐ近くにあるカラオケ屋で歌った後らしい。

「そういえば、津波はどうなってました?」
「結局、数十センチがピークでもう落ち着いたみたい」

 青年が早速のど飴を口に放り込んで聞くと、店員は携帯を開いて答えた。

「じゃあ文化祭も安心かな」

 青年が笑った。

「文化祭?」
「ん? そうですよ、この近くの三保半島にある某大学の文化祭が今日から3日間やるんですよ。……えーっと、足留めされた口ですか?」

 思わず話しかけた銀河に青年は丁寧に答えた。銀河は相手の問いに頷く。

「とは言え、急ぎではないんですがね?」
「その格好からして、自由気ままな一人旅の最中ですか?」

 銀河の黒マントに荷物を持った姿を見て青年は聞いた。

「当たりです」
「なら、遊びに来て下さい。俺、そこのOBで関口亮って言います。大体3号館の災害対策委員会の展示で暇しているんで、訪ねて頂ければ案内しますよ! これでも、未だに色々と顔が利くので」

 関口亮はニヤリと笑って言った。

「では、お言葉に甘えてしまいますかね? あ、俺は後藤銀河と申します。……ん? 災害対策委員会って、こんな時にカラオケ行ってていいんですか?」
「後藤君だね。……まぁ俺はもうOBだし、俺よりも現役の後輩達が優秀だから。……あ、やべー! 友達、車に待たせてんだ! じゃ、失礼します!」

 関口は言うだけ言うと、風を切るような勢いで店外へ出て行った。

「アレでも、急成長中の大会社の開発系で活躍するやり手らしいよ」
「はぁ……?」

 関口の去った出入り口を眺めながら、銀河は店員の言葉に曖昧な返事をするしかなかった。
 しかし、大学の文化祭に興味も感じ、銀河は彼の元を訪ねてみようと決めていた。







 しばらく次郎長記念館や清水を舞台にした漫画の博物館、久能山東照宮などを巡り、銀河が私立某大学海洋学部のある清水校舎へ到着したのはお昼近くになっていた。

「……ここ、21世紀の大学だよな?」

 正門の両脇には背広姿で警備と書かれた腕章を付けた男達が立っていた。中にはサングラスや長ランを着用している者もいる。はじめは驚いたものの、様子を見ていると彼らは来校する車の誘導をするのが役割らしい。
 つまり、背広以外の格好はコスプレである。

「そこの旅人! うちの会社特製のコロッケ買ってきぃ!」
「いやいや、俺達の富士宮焼きそば風焼きそばを食っていきな!」
「待った。ついでに人工イクラもどう?」

 警備体制の整った正門を抜けると早速露店の売り子の学生達が銀河に声をかけてきた。それらを笑顔で誤魔化しながら、銀河は露店の並ぶ通りを抜ける。右側はテニスコートと掲示板が露店の後ろにあり、左側に校舎が並んでいた。手前から1、2、3号館となり、正面でミニ水族館の展示を行っているのが食堂のある4号館となっているらしい。
 銀河は3号館の中へ入った。四階建てになっている3号館の研究室の入っていない三階と四階の講義用教室を各団体の展示スペースとしていた。三階の奥にある教室の一つに災害対策委員会の展示教室があった。

「三保沈没2011「G」出現編?」

 教室の入り口にかけられた看板を銀河は読むと首を傾げた。もう一度確認する。確かに、学生会災害対策委員会の展示だ。

「嫌な予感しかしないのは気のせいか?」

 銀河が入口の前で躊躇していると、後ろから声をかけられた。

「後藤君? ……あ、やっぱり後藤君だ」
「関口さん。どうも、お言葉に甘えて来てしまいました」

 肩に1.5メートルはある棒状の包みを担いだ関口がいた。

「ささ、立ち話もなんだ。中へどうぞ」

 関口に促されて銀河は教室に入った。

「留守番ありがとう」
「おー。でも一人も来てないぞ」

 関口が入口のそばに置かれていた教卓を利用した受付にいる青年に話しかけた。ボサボサの髪を後ろで縛っている、古きよき貧乏学者を彷彿させる彼は英字論文が書かれたA4用紙から顔を上げて答えた。
 関口の後ろに立っていた銀河は教室内を見渡す。100人は収容できる大教室だった。教室は窓側と廊下側の大きく二つに区切られており、窓側は大型テレビや人形などが置かれた立体的な展示スペースとなっており、廊下側はパネルや模造紙を使った展示が主になっている。丁度入口から正面の位置に設置された大型テレビには、なにやら地震防災に関する内容が写っている。

「ん? あぁ、アレは去年の文化祭で作ったという防災啓発用自主制作映画です」

 関口が銀河に言った。銀河が興味を示していたことに気がついたようだ。

「自作映画か……」
「もしや経験者ですか?」
「まぁ……結局、色々あって完成できませんでしたがね?」

 銀河は中学生の時の出来事を思い出しつつ苦笑した。

「そうですか……。あ、瀬戸内、紹介し忘れてた。カラの後に寄ったコンビニで出会って、ノリで招待した後藤銀河さん」
「またお前はそういう……。すみませんね、コイツがご迷惑を。始めまして、瀬戸内海です」

 受付に座っていた瀬戸内海という青年は関口に嘆息すると、銀河の方を見て、彼の保護者がする様な挨拶をした。

「俺と同級で、今は院の修士二年なんだ」

 関口が横から補足する。

「はじめまして、後藤銀河です。自分探しの旅の途中ですかね?」
「よし、では折角なので、ここの展示を見て下さい。まぁ、俺も今朝後輩達の説明を聞いただけの付け焼刃なんだけども」

 挨拶が終わると、関口は銀河を促し、教室内の展示を案内し始める。まず自作映画の写る大型テレビの横を過ぎ、床にブルーシートが2畳ほどのスペースに敷かれ、その上に非常食や懐中電灯や簡易トイレなどの非常時に備えて用意しておくと良い防災用品が、その隣には自動対外式除細動器、通称AEDの見本やダミー人形などの応急救命の実物展示がされており、関口はそれらを昨晩の地震と津波の話を交えながら解説した。

「災害対策の対象はやはり地震なんですね?」
「静岡は以前から東海地震の被害予想地域になっていましたから。この委員会も元は地震発生時の被災学生救援支援サークルが前身なので、ここまでの展示は通年の基本項目なんです」

 関口は東海地震発生のメカニズムに関するパネル展示の前で、銀河の質問に答える。それを聞いて銀河は少し不安が解消された。

「しかし、現在の災害は、地震や台風といった地震雷家事おやじ、天変地異だけではなくなってきています。それは……」

 含みを持たせた言い方で関口は言葉を区切り、銀河に体を向けたまま後退り、机で区切られた廊下側の模造紙展示に移動する。次第に見える模造紙に書かれた文字に、銀河の予感は確信に変わる。

「昨年南極大陸で発見された存在。通称、「G」です。この未知の存在に、世界各国が注目し、次々に研究や調査に取り組み、新たな発見や発明が日々ニュースで取り上げられているのはご存知の事でしょう。しかし、我が災害対策委員会は、その「G」こそ、21世紀の新たな災害となる存在と認識し、日々研究に取り組んでいるのです。ここでの展示はその日々の成果となっています」

 関口は地震の説明以上に熱の篭った口調で説明を始めた。

「こちらは、「G」を発見した南極調査隊の説明です」

 模造紙に下手な字で、桐生氏を中心に集まった調査隊の動きが当時の新聞コピーと合わせて書いてあった。ただの年表形式ではあるものの、かなり詳しい。世界中が「G」の発見で騒ぎになっていた間は銀河も蒲生村で新聞やテレビのニュースなどを見ていたが、夏が近づく頃になると蒲生村にも「G」の調査の手が伸びてきた為、銀河は旅に出た。その為、「G」研究の現状についてはそれほど詳細には知らないのだ。

「この調査隊の方々はどうなったんですかね?」
「さあね。大体の人は世界中に散ったよ。当人達も混乱しているんだろうから、しばらくは表に出てくることもないだろうさ」
「確かに。……ん? なんか関口さん詳しくないですか?」
「えっ……、それは俺も一応「G」研究に関わる会社の末端に属しているからかな?」

 銀河の疑問に関口は曖昧な回答をした。

「「G」研究に関わる会社?」
「まぁ、そんな所もあるってことさ。それで、俺の影響を受けた後輩達が委員会を「G」災害対策組織にしちゃったという訳さ」
「成程な? ……ところで、その後輩達はどちらに?」
「あぁ、彼らは今この校舎内に併設されている気象研究所に行っているよ。一応、災害対策委員会だから、地震のことで色々やる事があるんだ。俺が留守番してたのもそれで、ここのことが分かる人間が出払っていたからなんだ」
「待て! 留守番してたのは俺だぞ!」

 受付で論文を読んでいた瀬戸内が即座に横槍を入れた。

「ちなみに、アイツはその気象研究所に所属してるんだ。後輩達に邪魔されてここに逃げてきたんだ」
「お前がこっちに来れば静かだぞ、って言ったんだろうが! 来てみたら、留守番を俺に押し付けて自分はいなくなるし」
「中目黒先生にそいつを見てもらいに行ってたんだよ。それに静かなのは事実だったろ?」

 関口は受付の傍に置かれた例の包みを顎で示して言った。
 瀬戸内が諦め気味に再び論文へ視線を戻したのを確認すると、関口は説明を再開する。

「しかし、「G」というのは2010年に南極で発見された為に現れた存在ではありません。もっと現実的な存在なのです。「G」は昔から世界中に存在していた。しかし、それらは世界中の神話や民話、オカルトなアイテムなどと混同されて、その存在が世界から認知されることはなかった。現在も続く「G」の新発見や発明ラッシュは、単純に今まで見向きもされなかった存在を真剣に調べて研究しただけに過ぎない。どれも一度は別の目的で掘られた畑ばかりだ。そこを耕せば簡単に実るのは当然さ」
「………しかし、そんな証拠はあるのか?」

 銀河は既に全てを知っているという様な関口の言いまわしに、つい喰いかかってしまった。

「爾落人。そう呼ばれる存在が日本や中国などに存在したと記録に残っている。西洋では、特異者と訳される存在で記述されている。怪物や神獣、妖怪といった類の伝説も恐らく「G」の伝承が他の民話と混ざって出来上がったものだろう。つまり、魔法具や魔法使いも存在していたのだよ。「G」という存在でね!」

 関口は鼻息を荒くして言った。その爾落人が目の前にいるとも知らずに。

「そして、ウチの後輩達が今年の夏合宿で行ったのが、三重県の蒲生村」
「!」
「ここにも「G」がいたらしいんだ。今までにも幾つかの調査隊が来ている。というのも、2005年に巨大な鬼が人の魂を喰らって死者が出たという怪事件が起こっていたんだ。詳しい事は今もわかっていないのだけど、後輩達は鬼を退治し、事件が終結に導いた少年がいたという噂に注目しているんだ」
「へ、へぇ~……。で、でもどうしてそんな噂を?」
「あぁ、なんでも道に迷った時に親切にしてくれた人が後輩達と同い年で、仲良くなって聞きだしたらしい。……あぁ、この集合写真に写っている人だよ」

 2011年度夏合宿と書かれた模造紙に貼られた写真を指差した。数人の青年が集合する中に見覚えのある坊主頭がいた。しかも、背景の建物は吾郎の家である蒲生村の駐在所だ。
 一瞬にして銀河を疲労が襲った。

「その少年が実は爾落人であったのではないかと後輩達は」
「あのー。………ここの案内はもういいです。他を案内して下さい」

 予感が的中し、ここから一刻も早く出たくなった銀河は仕方なく関口の心理を誘導した。
 幸い、瀬戸内にも不審に思われることもなく、別の場所を案内してもらう事になった。

「別にいいけど、俺はあと30分ほどで昼飯食いにいくぞ」
「大丈夫。さっき土方にこっちへ来るように言ったから、そしたら交代して」
「……それ、俺に言ったのと同じ内容か?」
「大体同じ。アイツも長原先生と後輩達の議論から逃げてきた口だったみたいだから、じゃあ行くって言ってた」
「後で怒られても知らないぞ」
「それは、瀬戸内君に任せた! では! ささ、後藤君行きましょう!」

 瀬戸内に言うだけ言うと、関口は銀河を連れて教室を後にした。
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