守ル者 in 沼津

1


 かつて一人の爾落人が苦悩した。その者は、自らも被造物でありながら、人を作った為、神といわれた。故に、その者は自らの手で自身を生み出した「神」を創造しようとした。
 しかし、その計画は遅々として進まず、歳月だけが過ぎた。あらゆる試みをし、様々な存在を生み出したが、所詮は彼も被造物であった。万物を生み出す創造の力は、彼の複製の力だけでは不可能であったのだ。
 やがて彼は己の力を恨み、呪った。
 そして、自らの力を器に移そうとした。彼はそれで苦悩から解放されると信じた。
 しかし、結果は失敗に終わり、彼は複製の爾落人の呪縛から解放されることは遂になかった。

「貴様は失敗作だ……。失せろ!」

 この世に生を受けた瞬間、彼は創造主に言い放たれ、そのまま置き去りにされた。
 ある嵐の晩のことだった。
 後に彼は時間と空間の戦いを知り、再びそれを起こさぬ為に暗躍を始めた。

 それから歳月は経て、彼は日本の山梨県内の山奥にある研究施設を襲撃していた。

「ここでは……ないか」

 殺した者達の血の臭いが充満する施設内を調べ尽くし、目的の施設ではないことがわかると彼は落胆した。これで幾つ目の襲撃かわからない。
 彼が施設を後にしようとした時、物音が聞こえた。

「!」

 彼はすぐさま、音のした研究室に隣接した薬品庫へ転移した。暗い室内であったが、かつて複製した力で瞬時に視界を良好にする。
 白衣を着た男が棚の影に蹲っていた。力で名前を読み取る。同時に、相手の正体にも気づいた。

「爾落人か……。名は東、ここの責任者だな?」
「……お前の情報は既に届いている。機関の者ではないな?」
「機関? 知らんな」
「がっ!」
「質問しているのはこちらだ。……お前は何故この組織に手を貸している?」

 彼は男の四肢を瞬時に切断し、問いかけた。
 しかし、男は苦痛に呻き声を上げているばかりで、答える気配はない。
 彼は男の額に転移させた拳銃を突きつけて、再度聞いた。

「痛みなどさして感じていないのはわかっている。……答えろ!」
「ちっ……流石だな、転移の爾落人。殺し慣れている」
「残念だが、能力は転移ではない。……答えろ。3、2、1……」
「創造主の意思に従っているまでだ」
「! 創造主、だと?」
「あぁ。俺は造られた存在だ。主の意に従い、研究を行なっていた。……何の能力だ? 武創でもなさそうだ。複数の能力を持っているな? 吸収か?」
「……複製だ」
「! ……そういうことか。お前も被造物だな?」
「ならばどうした?」
「いいや。因果ってのは恐ろしい。……俺の主は、お前の創造主だ。間違いない」
「! ……どういうことだ!」
「そいつは、自分で調べな。……じゃあな、兄弟」

 刹那、男の体は腐敗し、骸になった。

「……逃がしたか」

 彼は表情を曇らせると、施設の外へと転移した。男の気配は既にない。問答自体が時間稼ぎだったらしい。
 しかし、男の言葉はいつまでも彼に残った。時間と空間の爾落人と和解した後になっても。
 彼の名前は、加島玄奘。不完全な複製の爾落人である。




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 2046年6月5日早朝、三重県蒲生村の空は厚い雲に覆われていた。雨はないが、強風が吹き、森の木々をざわめかせている。台風が近づいているらしい。
 そんな頃、村はずれの墓地に喪服を着た夫人の姿があった。他に人はいない。

「銀じぃちゃん、今日は二十回忌ね。……無事に二十三回忌法要ができたらするわね」

 そして、蒲生元紀は隣の墓に目を移す。

「吾郎もね。……お願い! 五月を、わたし達を守って!」

 元紀はぐっとまぶたを閉じ、想いを込める。まだ、彼女は彼らのところへ行くわけにはいかない。
 そして、目をしっかりと開くと、すくと立ち上がった。一切の迷いはない。
 振り返ると麓の寺に葬儀屋の車が入るのが見えた。誰かが亡くなったらしい。
 元紀は視線を上げた。丁度ここからは村のほぼ全体が見渡せる。

「……随分、この村も寂しくなったわね」

 その後、気を取り直して元紀は墓地を後にした。
 帰りがけに住職へ一声挨拶をする時に、奥の部屋で話す葬儀屋の言葉が耳に入った。

「そうなんですよ。内縁の妻が葬儀一切の手配をしたそうなんですが、電話とメールだけで顔を出さずに……いや、まぁ頂く物も、贈答品までつけて頂いたんでそれはいいですがね。結構、妙なお宅だったらしくて……。いやいや、独身で身よりも村にいる親戚だけらしんですがね。……その挙句なんですよ。その内縁の妻、消息不明状態で……」




 


 その夜、元紀は静岡県旧沼津市にある旧J.G.R.C.開発部にいた。
 一号館事務所内に置かれたラジオから静岡市からの放送が、台風は四国周辺を暴風圏に入れ、本土に上陸する予報が出ていた。数年前に続いた自然災害の被災地である静岡県内も仮設住宅等への被害が懸念され、一時間ほど前から県内全域に強風波浪、及び雷注意報、もしくは警報が出されている。更に、一部では避難を呼びかけているらしい。
 もっとも、現在彼女のいる沼津市と御殿場市及び裾野市、そして富士市東部と小山町は現在一般人の立ち入りを禁止している。表向きは、2040年に発生した富士山の大噴火の影響で当該地域に有毒ガスを含んだ噴出孔が確認された為とし、該当地域に存在した第一東名高速と国道一号線、東海道新幹線及び在来線は同時期に発生した大震災により寸断され、現在は一部改修した第二東名高速及びリニア新幹線、山梨県側を迂回する路線かフェリーによる道で日本の大動脈は復興に向かって動いている。
 しかし、実際は2042年のニューヨーク壊滅を受け、政府は来たる日の被害を最小限に抑える為に、当該地域の復興計画をすべて凍結し、日本の対「G」防衛の拠点とする為である。
 つまり、すべては今日の為である。

「生憎の天気だが、皆が集ってくれて助かった」

 白衣を着た初老の男、関口亮が一号館ロビーに集った一同を見回して言った。
 元紀はその隣に立ち、彼同様に有志達の顔をしっかりと目に焼き付ける。
 集った人間は総勢23人。
 内、爾落人が、ガラテア・ステラ、瀬上浩介、桧垣菜奈美、四ノ宮世莉、ハイダ、クーガー、東條凌、八重樫大輔、宮代一樹、パレッタ、初之隼薙、蘭戸弦義、そして加島玄奘の13人。能力者が汐見翔子、二階堂綾の2人。その他が、三島芙蓉、黄天、桐生千早、浦園験司、円藤桐哉、桐生江司、そして関口と元紀の8人だ。
 組織関係者または機関の残党によるクーデターなどの行動が予想された為、防衛省に当該地域での戦闘には一切自衛隊や米軍の出動を行なわないようになどの関係各所への根回し、そして十分な物資の入手などの徹底的な篭城体勢を確立する為に、J.G.R.C.の斉藤和美会長や榊原裕太達、浦園の率いるGnosisが後方として旧御殿場市内の駐屯地や旧小山町の富士駐屯地、防衛省などに詰めている。

「台風に救われましたね。これなら近隣地域の住民に戦闘を気づかれ難い上、いざという時は違和感を抱かれず避難をさせられる。……加えて政府も他に飛び火させなきゃ好きにしろ。まぁそんな態度みたいです」

 戦闘の準備に取り掛かる者達の後ろで、関口が浦園に告げた。

「そうだろうよ。ニューヨークや南極に現われたものと同クラスの「G」が現われるって、京都を壊滅させた四神に関わっていた組織、研究者、企業、挙句官僚や議員まで口を揃えて言ったんだ。そこにちょっと影響力のある元大臣が、相手側には一切関わるなと耳打ちしたんだ。下手に介入するよりも、当事者達に丸投げして後は知らぬ存ぜぬを決め込んだ方が傷は浅いって気づいたんだろ?」
「まぁ、いい加減学習しますね。あぁそうだ。蒲生! もしも他の地域に俺達の攻撃による被害を与えた場合、俺達は刑事罰が科せられるから」
「えっ!」

 聞いていない事実を伝えられ、元紀がギョッとする。

「単純に言うと、当局は一切関与しないってことだ。現在、俺達は一応ここへの立ち入りを許され、対「G」戦闘を許可されているが、あくまでも便宜上だ。何らかの失敗をした場合は、これらの話は全て無効。俺達は警戒区域に侵入し、武力行動を行った犯罪者になる。まぁ、ちょっとしたテロを起こしたら受ける処罰程度だ。いざとなれば、幾らでも裁判は延ばせられるから極刑は回避できる。安心しろ」
「いやいや、全く安心できない話ですから!」
「それについてだが、超法規的処置を取る余地はある。こっちだって、政府が掌を返した時に出す保険くらいは確保しているからな」
「ついでに言うと、もっと手軽に国外逃亡だったら、爾落人を除く人数なら俺が斡旋できる。爾落人は今までと大差ないから大丈夫だろ?」
「まぁ……縁起でもない話はいいです。とはいえ、いつから国外逃亡を斡旋できるようになったんですか?」
「そりゃニューヨーク戦の準備をしていた頃からだ。コネは作っとくと便利だな」
「はぁ~」

 戦いが始まる前から元紀は疲れてしまった。
 




 

「これがあの時の草体とイリスから生み出される時空の爾落人か」

 沼津支社最深部で、瀬上が巨大な培養槽の中を見て言った。
 円筒の培養槽には、緑色の液体が満たされ、中に大きな蕾がある。そして周囲には、それを常時観察、維持する為の観測装置、循環器の監視装置が並んでいる。
 装置のチェックをする関口が、蕾に顔を上げて語った。

「メアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』で、スイスの学生ヴィクターはそれが神に背く行為であると知りつつも、自ら墓を暴き死体を繋ぎ合わせて「理想の人間」を作ろうとする」
「……だけど、あれは怪物を創造する話だろ?」
「だが、怪物を怪物にさせてしまったのは他ならぬ創造主ヴィクターだ。彼は強靭な肉体と知性、人間の心を持った「理想の人間」を造りだしていたんだ。唯一、容貌が醜かった。それ故に創造主である人間に迫害され、恐れられ、遂には復讐の為にヴィクターの家族を殺し、怪物は本当の怪物となっちまった。……俺がやろうとしていることはヴィクター・フランケンシュタインと全く同じなのかもしれん。もしかしたら、俺が間違っていて蛾雷夜が正しいのかもしれない」
「いいや、違うな。……少なくとも、こいつを俺達は怪物にさせねぇ」
「そうだ。被造物が如何なる存在になるかは、それが被造物であるか否かは関係ない」

 入口から声がした。関口と瀬上が振り向く。玄奘だった。
 彼は、二人に近づき、瀬上の隣に立つと培養槽を見上げる。

「人であっても境遇次第で怪物にはなる。そして、爾落であっても怪物にならぬ者は沢山いる。被造物もまた同じだ。……そうだろう? 関口?」

 玄奘は関口に顔を向けて問いかけた。

「違いない」

 彼は軽く笑った。そして、玄奘に歩み寄ると、真顔で囁く。

「あと、俺を視解するのはやめろ」
「気づいたか。爾落の命を受けた巫師よ」
「理由もなく、お前が行動するとは考え難いからな。ここに来たなら、俺か瀬上に用があると考えただけだ」
「ふっ、少し違うな。……長く空いていた時空を継ぐ者をこの目に焼き付けておきたかった」

 玄奘はそう告げると、顔を再び培養槽に向けた。

「……どういう心境だ? 空間の爾落人を生み出すのを阻止してたんだろ? あと、組織の研究もか」

 瀬上が聞いた。

「ふむ、一言では言い難い心境だな。だが、時空こそ時間と空間の本来の姿だ。そして、お前達の言葉の通りならば、既に決まっていることなのだろう? この者が誕生することは」
「まぁ、五井さんや後藤達の言葉の通りなら」
「ならば、答えは7年前と同じだ。協力する。それだけだ」
「まぁ……。俺よりも深く関わっている訳だしな」
「そういうことだ」

 そんな玄奘の肩に関口がポンと手を置いた。

「小説『フランケンシュタイン』の結末は、創造主ヴィクターが北極探検隊のウォルトンに怪物を殺すように頼み息を引き取る。だが、怪物は彼の死を嘆き、自らも命を断つと告げて終わる」
「別に我は奴と心中するつもりはない」
「それならいいけどな。……創造主と被造物ってのはいわば親子だ。すれ違う先にあるのは悲劇だ」
「それはお前自身に言うべき言葉だな」
「違いないな」

 苦笑する関口から視線を再び上げ、培養槽を一瞥すると玄奘は身を翻した。

「あぁ、例の物にあんたの力で操れるようにしておいたからな」

 関口が玄奘の背中に向かって言うと、彼は無言で片手を上げた。





 

 一方、台風の影響による風雨で荒れる静岡市三保半島先端にある旧某大学海洋博物館の前に三人の男女が集っていた。全員レインコートを着ており、男の一人は老人だ。
 博物館は震災時に幾度と襲った津波により廃墟と化していた。唯一奇跡的に無事であったのは、波で流されつつも破壊を逃れた建物前に陸揚げ展示されていた海洋調査船の某大学丸二世だけであり、現在は元の場所に戻されている。
 彼らはその船の前に老人を中心に並んでいた。周囲は瓦礫の集積場になっており、台風接近も相まって人気は全くない。

「南條から確認が取れました。本日です」

 女が中央に立つ老人に言った。

「うむ、ご苦労」

 彼は頷くと、レインコートを脱ぎ捨てた。
 その下から現われたのは老人ではなく、若々しい躯体の男、蛾雷夜だった。

「よいな、明日香。貴様を我が一族の娘として造り、アルマの代わりに組織を任せたのはこの日の為と言っても過言ではない。時空の爾落人、蒲生五月は今夜誕生する。それを阻止することは我々にできぬ。だが、奪い! 再び組織の時代を作る道具とし、その権威を不動のものとするには十分にある。そして、いずれは「神」創造の母体とすることもできる」
「はい」

 松田明日香は嵐の中にも関わらず、一切濡れていないレインコートのフードを脱ぎ、頭を彼に垂れた。首から落ちるポニーテールもまた乾いている。
 そして、蛾雷夜はもう一人の男に顔を向けた。

「東……いや、キャシャーンよ。お前に苦汁をなめさせた出来損ないもいるそうだ。奴を殺せ! そして、我にその屍を捧げよ! ……今こそ、完全なる力を取り戻す時だ」

 かつて玄奘に襲撃を受けた施設の東がそこにいた。彼は名をキャシャーンと改めていた。
 そして、彼はレインコートを脱ぎ、明日香同様に頭を蛾雷夜に垂れた。彼は、体に密着した白い戦闘スーツを着ており、腰の両脇にはブースターが装備され、耳にはカバーがついており、そこから顎部から鼻を覆う鋼鉄のマスクが閉じた。
 それこそが、彼が名を変えた理由であった。爾落人である自身を改造し、機械でも人でもない新造人間となったのだ。

「御意にございます」

 二人を見下ろし頷くと、蛾雷夜は背後の某大学丸二世に振り向いた。

「目覚めよ、我が船よ!」

 蛾雷夜が両手を荒れ狂う天に仰ぐと、その巨大な船体もゆっくりと宙に浮き上がった。

「よし、行くぞ。既に兵も南條に続いて向かっている」

 蛾雷夜は二人に告げた。二人は頷き、蛾雷夜と共に飛び上がり、宙に浮ぶ船に乗り込んだ。
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