stay with me

2


「起きろ!」

 銀河は水を頭からかけられて、目を覚ました。
 まだ視界がぼやけているが、覆面を被り、銃をもった男達と共に狭いコンクリートの壁に囲まれた部屋に自分がいることはすぐにわかった。
 そして、自分が今拉致された状況であることも理解できた。
 問題は誰に、どこに拉致されたのかだが、うっすらと思い出せる記憶から新政府側だと想像できるが、見られぬ軍服を着た彼らの正体に確信は持てなかった。

「お前達は、誰だ?」
「目が覚めたな? 我々は新政府に協力をしている者だ」
「一般渡航者を拉致監禁、拘束していいのか?」
「ダメだ。つまり、明らかにならなければいい」
「とんでもない解釈だな? ……俺を殺すつもりか?」
「いいや、殺さない。人質にするつもりだ。日本人……いや、後藤銀河」
「パスポートを見たのか?」
「あぁ。随分と面白い国を巡ってきたんだな?」
「まぁな? 自由気ままな一人旅だろ?」
「ふっ! そんなことを信じると思うか? お前の巡った国と時期、どちらも面白い。内乱、戦争、紛争地帯があった国々で、お前の出国と同時期にどこも状況が沈静化している。不思議な偶然だ」
「確かに不思議な偶然だな?」
「偶然な訳があるか!」
「ぐはっ!」

 思いっきり男の一人が銀河を蹴り飛ばした。倒れて呻き声を上げる銀河に男は続けた。

「こっちでは最近妙な噂が流れているんだ。革命家サンジューロー。名前は偽名だろうが、日本人らしい。そいつはアジア各国に現れ、その地の問題と共に去っていく謎の多い男だ。……お前のことだろう?」
「まさか、ただの偶然だろ?」
「とぼけるな! 例の旧政府軍のショーグンって奴とグルなんだろ? そして、ミトを護衛していた! 違うか?」
「ミト? ……誰だ?」
「ふざけるなっ!」
「がはっ!」

 今度は銀河のみぞおちに蹴りが入った。
 うずくまる銀河に男は声を荒立てる。

「お前と一緒にいた女を知らないと言って信じる奴がどこにいる! ……そろそろ白状しちまえよ? あの旧政府高官の娘にあるって力と、ショーグンの正体をよぉ?」
「高官の娘……力、だと?」
「まだ続ける気か?」
「うぐぅ……」

 男は銀河の顔を踏みつけながら言う。
 しかしそれでも何も言わない銀河に舌打ちをし、顔を最後に蹴り飛ばすと他の男達を連れて部屋を出て行った。
 血も流れない体の為、蹴り程度では大したことはないが、ジワリと残る痛みとこれから長期戦になると考えると、自然と溜め息が出るのであった。
 気を取り直して、銀河は体を仰向けにさせる。

「うっしょっと! ……それにしても、ミトか。何か力を持つ旧政府高官の娘。……能力者か、それとも爾落人か?」

 心理の力を使えば脱出は容易いが、人質は自分だけでなく、本来の狙いはその娘らしい。その場合、すぐに動いて万が一、ミトの身に危険をさらすの可能性があるのは得策と言えない。
 謎の旧政府勢力のショーグンと謎の新政府軍のアーサー、謎の男達に謎の力を持つというミト、そして自分自身は謎の革命家サンジューロー。

「はぁ、……謎ばっかりだな?」




 
 

 一方、国連キャンプのライムもミトと日本人渡航者の拉致事件の情報を掴んでいた。

「日本人渡航者の名前は?」
「現在確認中です。ショーグンとの関係も不明です」
「急ぎなさい! もう一人のミトという女は旧政府高官の娘というのは間違いないわね?」
「はい! この半年程所在が不明でありましたが、未確認情報ではショーグンに近い位置におり、魔法を使えるとも言われています。情報部関係者の間では「G」の何らかの力を持っていた可能性が指摘されております」
「……もし、拉致事件の実行犯が新政府側でも、GROWに関係している者であったら、かなり事は慎重かつ迅速に進める必要があるわ! GROWは「G」にもその関心を向けているとの情報もある」
「御意! 現在衛星で彼らの行方を追跡調査中であります。すでに事件当時、現場から西へ逃走する車を確認しています。また、同じ速度で追尾する白い動物が確認されていますが、詳細は不明であります」
「いいわ。車の追跡を行いなさい」

 そして、眉間に皺を寄せて思案するライムの元に部下の一人がテントに駆け込んできた。

「た、大変です!」
「どうした? 落ち着いて報告をしろ! 上官の前であるぞ!」
「はっ! 失礼致しました! レジスタンスリーダーのウィルがこのキャンプに現れました!」
「レジスタンスリーダーが? 部隊は?」
「一人です! 武器も放棄しています」
「丸腰で現れたのか?」
「はい! そして、責任者と話をしたいと! 現在、各国部隊の中で最上官はギムレット上官の為、お取次に来た次第にあります」
「わかった」

 ライムはテントから出て、キャンプの入口を見ると、確かにレジスタンスリーダーのウィルがたった一人で立っていた。

「アメリカ陸軍のライム・ギムレットだ! 前に進め!」

 彼女の声に応じて、ウィルはまっすぐ歩いてきた。
 彼はライムの前で立ち止まる。

「何をしにきた。お前達レジスタンスはこちらにしてみたら無所属のゲリラ部隊と同じ。それは承知しているはずだが?」
「それは無政府状態にあるこの国において、どの部隊も同様といえます。仮に新政府軍を官軍としても、それが現在国際テロ組織と関係が疑われ、かつ現在発生中の拉致事件の実行犯と思しき状況において、国連としてそれを官軍と認める訳にもいかないでしょう。この度はレジスタンスリーダーとして、国連と協定を交わしにきました」
「協定だと? 国連公認の部隊となるというのか?」
「前例がない訳ではない。この紛争の発端はオダカーンによる新政府側のクーデターであり、旧政府側はすでに正体不明のショーグンのものとなっている。国連として、どちらか一方に荷担はできない状況下で、我々レジスタンスは市民と共に治安維持を続けてきた。協定も今回の拉致事件解決までの限定的なものにし、非武装の民を危険から回避させる治安維持の為の人道的行動以外を行わないとも条件をつけましょう。公認か非公認かよりも、治安維持として民の自治は優先される事項かと存じます」
「確かに、それは一理ある。しかし、お前達は過去に新旧政府両軍と戦闘があった事実がある。第三勢力として、その際の人道性や道理性が認められなければ、無政府状態とはいえ、法治国家において認める訳にはいかない。それに我々とて、治安維持の為の巡回に限り介入を認められている。更に厳密に言えば、実態はどうあれ、新政府が正式な現行の政府だ」
「スタルカ・ザルロフ。奴と新政府の関係が明らかになれば、アメリカ政府としても無視はできないでしょう? いや、そもそもここの駐留も、国連の治安維持として来ているが、実際は奴の身柄を確保すること……だろ?」
「それが今の話と何の関係がある?」
「この状況下でしらを切ろうが関係ない。巡回して、治安維持として非武装の民と渡航者の拉致の現場を抑えた。この場合は軍事介入とは呼ばれないんじゃないか?」
「……何れにしても貴様は帰れ。今回だけは見逃す。好きにしろ! 我々はこれから巡回を行うから忙しいんだ! ……場所はどこだ?」

 ライムは先の衛星で車の追跡調査をしていた部下に問いかけた。彼はすぐさま答える。

「ここより西に20キロの首都郊外の廃工場です!」
「ということだ! 貴様は家に帰れ! 行くぞ!」

 そして、ライムは部下達を連れて装甲車に乗り込んでいった。
 それをウィルは黙って見送ると、身を翻し、キャンプを後にした。
 彼の生家は首都にある。





 

 銀河が監禁されてしばらく時間が経過した。
 彼は後ろ手に縛られて仰向けに寝転んだ状態のまま、短い間ながら収集した情報を整理していた。
 中東の小国で、その大きさと人口は共に、東京都の某区一つ分と殆ど変わらない。
 王制国家で、一年前までは国王のシンという人物が統治していたが、オダカーンら一部軍部の反乱で国王を始めとした政府高官達は暗殺され、紛争状態になる。
 現在の旧政府勢力は生き残った政府関係者と残党軍で構成され、その指揮を取っている人物が元傭兵であるショーグンという日本人である。
 新政府はかつての王宮を占拠した軍を中心に構成され、首謀者のオダカーンが代表となっているが、国際テロ組織GROWとの関係が疑われ、数ヶ月前にもGROWと思われるテロが国連に駐留していたアメリカ軍に対して行われている。かつて賊軍であった新政府軍は官軍となり、その実質的トップはアーサーという人物であるが、その素性は謎に包まれている。
 第三勢力として、ウィルがリーダーをしているレジスタンスがあり、両勢力と対立しながらも治安維持をしており、国民から最も支持を得ている勢力になる。
 その状況に関して、アメリカ陸軍を中心とした国連の治安維持部隊が数ヶ月前から介入、駐留している。この駐留に際してGROWがテロを起こしたことが犯行声明より明らかとなっているが、新政府はそれを否定しており、旧政府、もしくはレジスタンスによる工作だと主張している。
 そして、ミトは旧政府側の人間であり、恐らく犯人は新政府側の人間だが、彼らの発言と「G」の何らかの力を持つ彼女を狙っていることから、GROW、もしくはGROWと関係する新政府側の人間であると推測できた。

「つまり、相手は国際テロ組織ってことか? はぁ……」

 銀河が落胆をしていると、部屋の外が騒がしいことに気づいた。
 時折呻き声や断末魔も聞こえる。

「戦っている? 救出? ……なら、旧政府か?」

 銀河は体を起こし、扉に近づき耳を当てる。
 扉越しに声が聞こえた。

「ミトはどこにいる?」
「誰だか知らないが、教える奴がどこにいる!」
「つまり、ここにはいないということだな?」
「さぁな? たった一人でここに来たことをほめてはやるよ! 景品は、あの世行きの切符だぁぁぁ!」

 直後、機関銃が連射される音が聞こえる。
 やがて音が止む。

「終わった? ……ぎゃんっ!」

 突然扉が開け放たれ、銀河は思いっきりぶっ飛ばされる。

「やはり人質か」
「いてて……」
「扉が当たったか、……失礼した」

 銀河が顔を上げると、返り血を浴びた布を全身に被り、右手に赤く染まった長い日本刀を持つ、身長180センチ以上はある大男が扉の前に立っていた。
 その威風堂々とした姿と手に持つ日本刀から彼が連想できる人物は一人であった。

「ま、まさか……ショーグンか?」
「そう呼ばれている。主のその気配、爾落人だな」
「……心理だ」
「なるほど。まさしく心理の力だな」

 ショーグンは銀河の言葉を聞き頷いた。
 そして銀河の元に近づくと、刀を軽く振った。彼を縛る縄が切れた。

「名前は何という?」
「後藤銀河。あなたは?」
「……ショーグンと呼んでくれ」

 ショーグンはそう言い、身を翻すと扉へと向かう。
 銀河はふらつきながらも立ち上がり、廊下へと出る。
 廊下は血の海となり、兵士達が廊下中に倒れている。

「案ずるな。すべて峰打ちだ」
「……なぜ一思いに殺さない?」
「予想に反したな。斬ったことを非難すると思った」
「心理の力を持っていてもわかっているさ。戦わずに事をなすことの難しさってやつをな? だけど、ここまでして峰打ちってのが、腑に落ちない。あなたが偽善的に殺生をさけているとも思えないのかもしれないな?」
「所詮は道義を貫くばかりがすべてではない。この者達は所詮使われている者に過ぎない。ここで生き延び、再び悪の道に走ることもあれば、中には改心して善に生きようとする者もいるやもしれぬ。だが、もし真に悪の道へ踏み入れた者がいた時は、この手で成敗する」

 ショーグンの言葉を聞いた銀河は頷き、廊下に倒れる兵士達を見渡し、息を吸い込んだ。
 そして、彼は渾身の力を込めて叫んだ。

「お前らぁぁぁっ! これからは心を入れ替えろぉぉぉっ! ……生きて、その罪を償えっ!」
「「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」」」

 最後の一言は銀河の強い願いであった。
 そして、彼はショーグンに振り返る。ショーグンも彼に頷いてみせた。

「心理の力、見事だ。……さて、もう一度この者達に心理を使って貰いたい」
「ん?」
「この者達は、我々が今必要としているすべての情報を持っている」

 ショーグンは頭に被った布の下で不敵な笑みを浮かべた。





 

 その頃、ミトは首都中心部にあるかつての王宮であった新政府本部へ連行されていた。
 幼少期に一、二度父親に連れられて入ったことのある王宮であったが、彼女が今兵士達に連れられて入ったのはかつての王室。彼女は生まれて初めて入った。
 広い部屋に、壁や天井の随所に装飾がなされている。
 その中央に三人の男が立っていた。中央にオダカーン、そして左右に深々と布を被り顔を隠したアーサーと、スタルカ・ザルロフであった。

「!」
「その表情、実に期待通りだ。ザルロフと我々二人が共にいるのだからな」

 オダカーンは愉快そうに笑った。
 一方、ミトは驚きを隠せない。

「な、なぜ……?」
「見てのままだ。それとも、なぜお前の前に我々三人が顔を合わせたか、ということか? それも答えは簡単だ。お前の力を必要としている。そもそも一年前のクーデターも、お前の父を捕らえる為に起こしたものであったが、先手を打ってあの男は自ら命を絶った」
「えっ! ……そんな、父はお前達に暗殺された筈よ!」
「それが都合のよいと考えたから、偽装したのだ。あの男が自殺したとしれれば、クーデターの目的がお前達一族の力だと気づかれる。あの男の亡き後、残された力を持つ者はミト、お前だけだからな。国外へ逃亡されたら厄介だった。だから、暗殺に偽装した。父を殺され、力を持つお前が国に残って旧政府に荷担するのは容易に想像ができたからな。……しかし、ショーグンという男はお前の力にも、我々の目的にも気づいていたのは、誤算だった。なに、奴が旧政府勢力の中心人物となった直後にお前の所在は全く掴めなくなった。恐らく、始めは国外逃亡を進められたのだろう?」
「!」

 事実であった。
 ミトはショーグンから国外逃亡を提案されたが、断固拒否をした。

「図星か。その様子だと、その理由は告げなかったか、偽ったのだろう。恐らくは、この争いの原因がお前の力であることを伝えてお前を苦しませたくなかったというところか。最悪自殺ということも有り得る以上、我々も奴の判断には感謝をせねばならんな」

 オダカーンは卑しい笑みを浮かべる。

「最低!」
「なんと言われようと結構! 既にお前の力も大凡の見当は付いている。かつて王国が誕生するよりも以前からこの地にいた魔女の一族。恐らく、錬金術師や特異者と呼ばれていた存在の一つ。つまりは「G」だ」
「しかも、血に宿る実に珍しい種類の「G」だ」

 ザルロフが補足し、更に言葉を続けた。

「問題はそれが如何なるものかだ。伝説で語られる賢者の石と同等、同質のものと王宮には伝えられていた。変成の力とな。……必要なのだよ。GROWにも、この国に」
「変成はあなた方の様な悪人に使わせる為のものなんかじゃないわ!」

 憤るミトに対してザルロフはニヤリと笑った。

「認めたな」
「っ!」
「もう遅い!」
「おい、この方を牢へ丁重にお連れしろ! 賢者の石であるからな!」

 笑うザルロフの隣で、オダカーンは兵士達に命じた。

「それから、今日はお前とウィルの結婚予定日だったな。愚かなことは考えないことだ。ロミオとジュリエットの物語のように、別れ別れとなったまま結婚予定日が恋人の命日となるのは我々も避けたいからな」

 兵士達に連れられるミトの背中にオダカーンは言った。
 それに対してミトは何も返さずに無言のまま唇を噛んだ。
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