決着の日~2028~
さらに数日後。翔子の周辺にも激動の出来事が続いた。未消化の依頼である長瀬姉弟と時間の爾落人の捜索を再開したところ、明らかになった四ノ宮世莉の出自。断絶の能力者として長瀬依子の登場、加島玄奘との確執解消。さらに事務所へは先程特殊部隊が襲撃していたらしい。らしい、というのはその時自分は不在で難を逃れ、瀬上が相手をしたからだ。今は翔子、玄奘、瀬上、桐哉、世莉の五人が約束の地へ向かうべく役者が揃うのを待っている。
「来たな」
連絡を受けて事務所を訪ねてきた五人。こちらに見慣れない爾落人がいるのは八重樫によって分かっているため、やや警戒しながら入ってきた。
「翔子さんいきなり呼び出して何を…」
「よ!久しぶりだな」
「瀬上ぃぃ!」
右手を挙げて気軽に話しかけてきた瀬上。行きつけの定食屋のノリの一方、宿敵の登場となった凌は臨戦態勢。デスクを滑り越えて肉薄すると光刃を発生させ、周辺の人間やインテリアを傷つけない振りかぶりで斬りかかった。瀬上は少し驚きながらも腕に纏わせる範囲で光刃を出して受け止めた。
「いきなりご挨拶だなぁ!」
「数々の蛮行、鬱憤溜まった俺がここで裁く!」
「私怨丸出しじゃねえか!」
二人は鍔迫り合いになりかけるが、翔子はお互いを背中合わせに転移させると二人を手錠で繋いだ。戸惑う二人にかけられた手錠は封力手錠で、強制的に光刃を解除させられた。
「!」
「なんだ!?」
「リアルファイトはご遠慮願おうか。そんな事のために呼び出したんじゃない」
「分かったから解いてくれ!」
「…せめて別々に繋いでもらえませんか?」
瀬上が左手を振り上げ、手錠で繋がれた凌の右手も持ち上げられた。それが不服だったのか凌は手錠を引っ張って抵抗して瀬上の手を下げさせた。
「手錠は一つしかないんだ。絵面はヤバいが落ち着くまでそのままでいてもらうよ」
「そんな…」
「ふざけんな!転移なら手錠くらいどっからでも調達できるだろうが!」
いきなり繰り広げられたプチ騒動に少し引いた様子の桐哉と呆れている玄奘。世莉に至ってはやや納得している表情だった。
「お前は誰にでも恨まれているんだな」
「誰にでもとは失礼だな」
「理由はどうあれ怪盗なんてしてたらこうなるんじゃないですか…」
「おいおい、これでも公務を放って抜け出してくるのも楽じゃねぇんだ」
験司はやや不機嫌そうに、この場の責任者と思える翔子と玄奘を見ながら言った。彼も八重樫経由で呼び出されたのだ。験司と翔子はお互い話を聞く事はあっても今回は初対面であった。
「オレにそうさせるほどの要件なんだろうな?」
そう言いつつも迷彩戦闘服を着ている辺り荒事になるのは想定しているようだ。武装はしていないが、目立つ迷彩柄を隠匿するように膝下丈のベンチコートを羽織っている。
「瀬上がいる辺り、集められる戦力はできるだけ集めておく算段ということか」
八重樫もベンチコートを脱いだ。凌と八重樫の二人は上下黒の戦闘服を着ている。上半身を覆うプレートキャリアには防弾プレートとメインアーム用のマガジンポーチを目一杯貼り付けた。右大腿部には自動拳銃用のレッグホルスターと、腰の鞘にはファイティングナイフを挿している。全体像としてはあくまで小火器の運用に特化し動きやすさを重視した、外国の警察特殊部隊を参考にした仕様だ。ある程度の火力を保ちつつ格闘戦もこなせるギリギリのラインに落ち着いている。脛当て、膝当て、肘当て、グローブは強度を犠牲にして軽量材質を使っているのもポイントだ。
一方一樹と綾は紺色の乱闘服をベースにボディアーマーを着用。背中に加えて胸部から下腹部までを保護する。半長靴状の安全靴、グローブに籠手、肘当て、脛当て、膝当て等は強度を優先している。現警察機動隊の装備に酷似した姿だ。武器より防御に振っている仕様だった。
「あんたらドレスコードを間違ってないか?」
「武器は用意してやるから戦闘を想定して来いと言ったのはお前だろう」
「それよりこの場に敵が二人もいるなんて何事ですか」
凌が玄奘と瀬上を警戒しながら言った。多少ながら善人ぽい噂を聞く瀬上はまだしも、玄奘に至っては良い印象の話は聞いた事がない。
「そりゃこっちの台詞だ。なんだ?こりゃビッグサイトのコスプレ集団か?」
「馬鹿にするな!こっちは常識を身につけてるだけだ!」
「お前煽り耐性ゼロかよ…」
「で、こりゃどういう集まりなんだ?国際犯罪者に、見知らぬ男に、ガキが二人。訳が分からねぇ」
中々話が進まない事に験司が苛つきを隠さなくなってきた。爾落人が数人集まるだけでもこんなにも喧しくなるのは分かっていたが、やはり自分の我慢にも限界がある。
「これから説明する。私は北条翔子。この調査事務所の責任者だ」
「話には聞いている。最近軌道に乗ってるらしいじゃねぇか、今度個人的に依頼する事があるかもしれねぇからよろしく」
「その時は贔屓に頼むよ」
験司と翔子は握手を交わしたが、気に入らない者が一人。
「翔子、やっぱり私達だけで行こう。大所帯は足手まといだ」
「まぁ待ちなって。それならこの八重樫と宮代なる男だけでも連れて行った方が便利さ。ほら、自己紹介しな」
「初めまして。僕は◯◯高校三年生の円藤桐哉と言います」
「…四ノ宮世莉」
「この子はシャイなだけだから気にしないでください。戦闘面ではかなり頼りになると思うので仲良くしてやってください」
「余計な事を言うな!」
見たところ普通の男子高校生である円藤桐哉と、人見知り気味の四ノ宮世莉。いきなり五人の見知らぬ大人が登場し、戸惑いを隠せていないようだった。それは単純な不信感だけではなく、慣れた面子に割り入る異物を受け入れられないものの方が大きかった。
「俺は説明不要だな。瀬上浩介だ」
「…加島玄奘。複製の爾落人だ」
「俺は爾落人の八重樫。能力は索敵に優れているとだけ言っておこう」
八重樫は玄奘を警戒しながら、必要以上の情報は小出しにしつつ自己紹介した。それに気づいた他の四人も八重樫に倣った自己紹介を始める。
「爾落人の東條。攻撃に優れている能力です」
「能力者の二階堂です。念力を使えるような能力と思ってもらえればいいわ」
「爾落人の宮代。オレは情報収集に長けてるんで。ここの事務所の資料補完に貢献したんでよろしく」
「オレは浦園。防衛省の者だ。言っておくがオレは能力者でも爾落人でもないからな」
全員の顔合わせが終わったところで抱く当然の感想。頼もしいものを見るかのように、感心した桐哉が口を開いた。
「爾落人が三人も?翔子さんこんな伝手があったんですか」
「本当にこいつらは爾落人なのか?武装しているぞ」
「世の中は広くて色んな奴がいるって事さ。さて、自己紹介が済んだところで本題に入る。いきなりだが南極にある「G」研究施設へ向かう」
「全ての始まりの地、南極だ」
玄奘が補足したが、誰より驚愕の声をあげたのは一樹だった。南極に行くのは死にに行くようなものだ。
「南極!?」
「…何か知っているのか?」
「いや…(寒いのが苦手だなんて言えるわけないでしょ…)」
翔子は皆の反応を伺った。当然だが験司や八重樫らのリアクションも戸惑いを隠せてはいないようだ。必要な機材等は今からでも簡単に揃えられるとはいえ、やはり場所が場所であった。
「残りの面子…行方不明者の関係者と、現役警察官と合流次第転移で出発する。それまで皆で交流を深めておきな」
「敵と…交流?」
「おい東條こっち見んな」
「これが終われば瀬上を制裁しても良いという事かな」
「今の問題が解決した後なら好きにしな」
「おい!俺は汐見みたいのがもう一人増えるなんてごめんだからな!しかも爾落人なら一生付きまとわれるじゃねえか!」
「それは瀬上、お前の都合だ」
「そうだ!爾落人に時効はない。覚悟しろ!」
「おいこいつ面倒くせぇよ…」
「翔子さん、今の内にGPSを瀬上の体内に埋め込みましょう」
「いいけどそうするなら爆弾を体内に転移させた方が早くないかい」