決着の日~2028~


験司は海沿いの工業地帯に隣接する倉庫街へ連れて来られていた。事故現場から歩いて到達しており、女池に後ろから自動拳銃を突きつけられながら歩かされている。人通りが少ない場所を選んでか、途中で通行人に会う事がない。予め女池のリサーチ済みのルートのようで監視カメラの類いも見かけられなかった。これでは一樹が追跡しようにも手詰まりになってしまう。焦り始める験司。


「海か。船で迎えでも来るのか?」
「黙って歩きなさい」


女池は全く取り合わず二人はやがて冷蔵倉庫に到着した。小規模ながら稼働しているが普段は使われていないようだ。業者の出入りや守衛もない、廃れた一帯だった。


「鍵を開けて中に入りなさい」


女池は鍵を取り出すと験司に手渡した。解錠する瞬間は隙だらけになるため、験司にやらせるつもりのようだ。だがそれを見越していた験司は鍵を金網付きの側溝に放り投げた。


「!」


験司は左頬に平手打ちをくらった。激昂した女池は初めて声を荒げる。


「私には時間がないんだ!ふざけた真似はやめろ!」
「相当焦ってるじゃねぇか。女池本人はそんな事言わないんじゃねえか?」


女池は験司の背後から腕と肩を掴むと荒々しく正面の扉に押し付けた。験司は身体の正面から壁際に押さえつけられ、抵抗できない背後から女池が耳元で囁く。


「決めました。少し早いがここであなたを殺します。私は女池の姿を捨てて浦園三佐になりかわるように指示が出ました」
「!」
「安心してください。光一尉と憲明君、怜ちゃんの幸せは浦園験司としての私が保証します」
「貴様ぁぁ!」


暴れる験司。先程の腹いせになり満足したのか、女池は験司の顎と片耳を掴んだ。後は顎の先端を耳の方へ持っていくように勢いよく捻り上げれば即死させられる。女池の腕に力が込められた時、急に動きが止まった。


「何…」


直後に響く鈍い音。験司は以前聞き覚えがあった。あれは自分が小学生の時、一緒に公園で遊んでいた男友達が遊具から誤って落下した時だ。あの時男友達が骨折した時と同じ音。


「うぐあぁぁぁ!」


女池は立つ事すらままならず仰向けに倒れこんだ。悲鳴を上げ、両脚を抱え込まんともがくが上手く身体を動かせないようだった。見えない力に押さえ込まれているかのように。験司はこれが綾の仕業であると理解すると、女池の懐にあるショルダーホルスターから自動拳銃を取り上げる。


「投降しろ!お前は包囲されている!」


験司は両手を拘束されていながらも何とか自動拳銃を構え、銃口を向けた。不便ながらもしっかりと射撃体勢を整えたと同時に、八重樫が精密射撃仕様のアイアンサイトとサイレンサー付きの突撃銃を構えながら接近しているのが見えた。


「……」


女池は突如、顔を真っ赤にさせて痙攣したかと思うと口から泡を吹き始めた。異変に気付いた験司だが既に遅く、女池は白目を剥いたのち痙攣は止まる。見ただけで絶命したのだと分かったが、一応警戒しながら女池の脈をとる験司。


「…これはショック死か?」


女池から視線を外さず、到着した八重樫に問いかける験司。生死を捕捉でチェックした八重樫も安全装置をかけると突撃銃を下ろした。


「違う。自決用の毒を使ったようだ。奥歯に仕込んでいたんだろう」
「という事は、こいつが何者であるかは分からず終いって事だな…」
「手を出せ」


八重樫は突撃銃を肩にスリングで保持させ、腰にマウントしてあった鞘からファイティングナイフを平手持ちで抜き取る。包丁とは違って鈍く黒光りする刃は験司の両手親指に絞められた結束バンドを容易く切断した。


「ありがとよ。よくここが分かったな」
「礼なら宮代に言え。あの足止めのおかげで捕捉圏内に女池を捉える事ができただけだ」
「それだけだったとしても感謝しきれねぇよ」
「怪我はありませんか?」


八重樫の合図で受けてやって来た綾。トレードマークである黒髪のポニーテールを揺らしながらパンツスーツで走って来る姿は、女性の平均身長より高めの背と相まってクールさを感じさせる。また、走って来た時のやや不自然な脇の膨らみがショルダーホルスター、自動拳銃の存在を主張していた。



「ない。おかげで助かったぜ。念撃も中々えげつない事ができるんだな」
「えぇ、その気になればそれくらいは。あまり多用はできないけど」


綾は苦笑いしてみせた。同性に好かれるタイプの整った顔立ちが誠実そうで、平気で両脚を骨折させられる度胸があるようには見えなかった。


「無力化できればと思って骨折させたが自決するとはな。こいつの忠誠心は本物だったらしい」
「それで遺体はどうするんですか?」
「遺体はオレ達が回収する。とりあえずは引田に検死させて情報を引き出さなねぇとな」
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