決着の日~2028~


「えぇ!?」
「そんな事が…」
「う…ちょっと気分が…」


女池の情報は先頭車輌にも伝わった。車内は騒然となる。


「じゃあリーダーと一緒にいる女池は…」
「誰?」
「皆落ち着いて。今は何も気付いていないふりをするのが最優先よ。勘付かれたら何を仕掛けてくるか分からないから」
「見ろ弟よ!リーダーの車がいなくなったぞ!」


後部座席の丈が振り返りながら、驚愕の声をあげる。つられて凌も上半身の捻りと首を回して車輌後方を確認した。丈の言った通り、確かに女池の乗った後続車輌が消え失せている。


「そんな!」
「宮代君、追跡できるわね?」
『はい。警視庁で車輌追跡システムがあるんでそれを利用すれば』
「お願いするわ」


蛍は下手に動いて距離を離されないよう、道路脇に停車して追跡結果を待つ。


『ちょっと待ってくださ…はい出た。ナビで誘導します』
「早いわね」
「頼むわよ」
「八重樫さんにも応援を頼んだから、向こうにもナビよろしく」
『任せろ』
「皆掴まって!」


蛍はアクション映画のカースタントよろしく車輌をドリフト気味で転回させ、道路中央線を突破した。対応に遅れた後部座席の三人は遠心力に思い切り振り回された。狙い通りの車線に進入できた蛍はアクセルを踏み込む。


「ちょっと…」
「は…早いかなぁ」
「……」


ものすごい勢いで外の景色が流れて行く。その光景に引田はやや不安そうに蛍の表情を一瞥したが、焦燥感を感じる事はなかったため制止はしなかった。その甲斐があってかすぐに目的地まで到着した。


「着いたわ。次は?」
『ここから先はカメラに引っかかってないんです。車を乗り換えたか乗り捨てた可能性が』
「付近で不審な放置車輌がないか、もしくは車輌の盗難事件がないかを調べて」
『了解。傍受します』
『八重樫だ。今二階堂と急行している。現在俺が女池を捕捉できる範囲にはいない。撒かれたのならこちらは反対方向から接近する』
「了解。任せます」


矢継ぎ早に交わされるやり取りに圧倒される歩。状況が好転しても予断を許さない緊迫感。


「な…なんだろう。このサスペンスな感じ」
「今までとは違う敵なのかもな、弟よ」
「二人とも無事かしら…私が出張るような状況にならなければいいんだけど…」


それから少し時間が経ったが八重樫から女池を捕捉したという連絡はない。八重樫は最後にシステムに捕捉された道路の直線上から逆走するように向かってきているはずだが、別方向へ逃げた事になるのか。次第に焦燥感が車内に満ちてきたところで再び一樹から連絡が入った。


『近くで射殺体が発見されたようです』


情報を裏付けるようにサイレンが聞こえてきたかと思うと、パトカーの列が蛍達の反対車線を通過していった。さらに数分後、傍受を続けていた一樹からの入電。


『被害者の身元が分かりました』
「早かったな」
『免許証が盗られてなかったみたいだね。おかげですぐに登録されている車を特定できたよ。今追跡しているから……あー見つけた!そこから大分離されてる!直近で5分前、通過した場所をリアルタイムでナビします』
「パトカーの到着から逆算して持ち主が亡くなったのは遅くても5分以上前…という事は今乗っているのは本人じゃないわけね」
『こちらも急行する。挟み討ちになる形で接近するが、追いつくのはお前達が先になるはずだ』
『あのぉ…ここは翔子さんに…』
『彼女とは連絡が取れない。国外にいるらしい』
「俺達だけでなんとかしないと!」


凌が焦燥感に駆られるが、助っ人が焦っていては周りを不安にさせるだけだ。対照的に一樹からは比較的冷静な声色で割り込んできたが、内容はぶっ飛んでいた。


『蛍さん、今から車一台ポシャりますけど補償効きますか?』
「何をする気?」


一樹はアイデアを説明した。それはあまりにもリスクのある提案だった。


「…怪我人を出さないこと。これが条件よ」


迷う暇はなかった。蛍は今の状況ではリスクを負う価値があると判断した。
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