決着の日~2028~


夕方になり、監査初日も終盤に近づいた。緊張で披露が蓄積していったGnosisとは対照的に、女池は疲れをまるで知らないロボット。機械的な作業を淡々とこなすように矢継ぎ早に指摘していく。


「提出された資料には全てではありませんが目を通しました。私の権限で閲覧できる以上の情報はなかったように見えますが…本当にこれで全てですか?」
「はい」
「……」


女池は癖なのか少し考え込むようにして顎に手を当てる。画になるのか知的な姿に説得力を増していた。とてもではないが殺人容疑と死体損壊容疑を犯すようには見えない。


「…期限内に全てをチェックするのは不可能です。四神をメインにとは思いますが、折角なのでここはいくつかの事件をピックアップして検証していく事にしましょう」


安堵する面々。やはり全ての案件をじっくりチェックされると粗が目立つ可能性もある。一つの事案を意地悪く追求されるのを避けるため、資料は回りくどく行数を稼ぎながら枚数をかさ増ししていた。例えるならば原液を極限以上に水で薄めまくった乳酸菌飲料。つまりGnosisによって都合の良い展開だった。女池がある資料に注目するまでは。


「この事件、2023年2月のノスフェル事件の調査を担当したのは…角一曹ですか?」


ノスフェル事件とは、2023年2月に発生した「G」による連続惨殺事件であった。ノスフェルとはネズミ型「G」。全身の皮を剥いで筋繊維を剥き出したような醜悪な姿を持ち、両腕の鋭い鉤爪が武器だ。最大の特徴は何度攻撃を食らっても復活する再生能力と、強靭な脚力の生み出す跳躍力だった。厄介だったのはそれだけではなく、全長も成人男性二人分の背の高さほどしかなく、存在が露見し難い事だった。ノスフェルはその利点を知っているかのように、神出鬼没に出現しては口から伸びる長い舌で人間を捕食していた。そのためGnosisの予備調査として角兄弟が先行して現地に入った事により二人は命の危険に晒されるも、当時の凌、綾、一樹の三人に助けられて共に協力して撃破にあたったのだ。これにより凌達とGnosisがパイプを持つキッカケになったとはいえ、被害者数が多数を数える凄惨な事件だった。


「「はい。自分であります」」


角兄弟は明らかに緊張した声色で返事をしてしまう。この事件に関して凌達の意向を汲み、作成した報告書には凌達の存在は省き代わりに謎の能力者が介入した事になっている。何かと鋭そうな女池が掘り返すにはうってつけの資料だ。


「失礼、これではどちらを呼んだのか分かりませんね。便宜上名前で呼びますが丈一曹。報告書にいくつか曖昧な点があります。このノスフェルの口内の再生器官とありますが発見したのは丈一曹ですか?」
「歩ですそれは本当です」


丈の一言に内心頭を抱えた一同。一言余計だ。女池に真相を悟られるキッカケににりはしないかと肝が冷える。特に凌。この事件に深く関わった張本人がこの場に居合わせていると女池に見透かされているかのような緊張感。


「ノスフェルは謎の能力者が退治したとありますね。謎のとは、そもそも姿すら視認できなかったという事ですか?」
「はい。攻撃手段といい、今思えば能力の特徴的に「G」ハンターこと瀬上浩介だったのかもしれません」
「「G」ハンター…ですか」


歩が咄嗟にチョイスしたスケープゴートを口にするが、女池は怪盗が「G」退治という善行を行うのが解せないようだ。世界中で秘宝の窃盗を繰り返す「G」ハンターの正体についてあらゆる捜査機関が総力をあげて調査していたが全く詳細は掴めなかった。その能力は国防の観点から見ても脅威であり、各国の軍情報部門も独自に動く優先度だった。しかしその正体は昨年突如として警視庁所属の瀬上浩介であると発覚したのだ。灯台下暗しとはこの事で、日本の捜査機関の足下で自国の爾落人の犯行を許していたという国の面子丸潰れの真相であった。案の定その危機管理を世界中から非難を受けた日本にとっては忌まわしき男だ。それがあってか瀬上を毛嫌いする官僚は多い。その怒りはもっともであり、凌は唯一この女池という人物に肩入れできる要素だった。


「やはり解せませんね。明日は事件現場に行きましょう。確か天気は晴れでしたね。角一曹、両名とも同行をお願いします」
「「はい!」」
「それと浦園三佐、光一尉、引田三尉も同行をお願いします」
「了解しました」


指名されたメンバーは強張らせた一方、免れた他のメンバーは胸をなで下ろす。岸田に至っては表情に心情がダダ漏れていた。安堵と笑み。隠すべき感情を顔の表情に出力するフィルターが故障しているとしか思えない。首藤が肘で小突くと岸田は能面の如く無の表情を作り出した。ブラウン管テレビを叩いて直す要領は何年経っても変わらない。


「今日はここまでとします。お疲れさまでした」
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