決着の日~2028~


「いや何なん!?あんな意地悪な指摘するなんて嫌がらせ以外の何物でもないやん!」
「岸田、関西弁な」


昼休憩。本来なら食堂で日替わり定食の順番待ちをしている時間だが監査中は違う。この混雑時に行列に並ぶタイムロスが惜しい面々はオフィスで昼食を摂っていた。各々が買い足していた飯を食いながら手早く済ましていく。


「女池監察官からは明らかに敵意を感じるな」
「でも兄者、ただ仕事をこなしているだけの可能性もあるよ。死体遺棄の容疑があるけど」
「真意がどちらにせよ、彼は抜け目がなさそうに見える。自分から尻尾を出すような真似はしないだろうな」
「でもGnosisにとっては脅威だろ。女池がどちら側にいようと俺達を潰しにかかってくる以上は抵抗するしかないし」


丈、歩、蓮浦、首藤。まだ午前中のみの接触ではあったが女池の事を言いたい放題である。特に首藤。彼は基本言いたい事はズバズバ発言しているが今回に限って黙っているはずもなく、メンバーの中では不満をぶちまけている。
それもそのはずで監査は早々にいやらしい追求が始まり、験司と蛍は何とか躱していくもチラホラと苦しい回答を強いられた。それを欲しいタイミングで引き出していたらしい女池はここぞとばかりにチェックを入れていくのだ。現場の判断では正しい事でも規則から見ればグレーだった案件がいくつかあり、巧妙にカモフラージュをしていたつもりだが女池はそのほとんどを突いてきていた。


「首藤、別に自分達はやましい仕事をしてきたわけではない。性質上秘匿しなければならない要素が多少あるだけだ」
「けど、その秘匿しなければならない要素を突いてくる以上は槍玉に挙がり得るわけであって…」


Gnosisは階級による上下関係があっても役職で呼び合う事はほとんどない。言葉遣いも隊長格以外はなってないようなものだった。そのフランクさがプラスに働いているのか、各々得意分野に分業化された能率は上昇傾向にある。


「どうぞ」
「ありがとう」


引田が淹れたてのコーヒーを蛍と験司に手渡した。俯き加減だった蛍は表情が少し和らぐ。


「怜ちゃんと憲明君は今はどうしているの?」
「実家の弥彦村に預けているわ」
「大変な時期だったものね。仕方ないわ」
「早くこの件を片付けて迎えに行かなきゃならねえが先が思いやられるな」
「それまではクラッカーに怯えながらテレビ電話で我慢するしかないわね」
「折角生まれた双子、かわいい時期を一緒に過ごせねえのは父親としても悲しいところだぜ」


験司に少しだけ見えた父親としての表情。人間的な成長の到達点に、Gnosis設立当初から見守ってきた引田も感慨深いものを感じていた。


「光さん、差し入れいただきますね」


凌もこの時間は姿を現し、蛍からもらった飲み物と弁当の差し入れを頬張っていた。部屋の隅でコンドウと丸テーブルに向かい合っており、先程からコンドウに絡まれっぱなしだった。


「凌さんは女池をどう見えたんですか?」


凌は変装のつもりでかけている黒縁の伊達眼鏡をかけなおす。


「よく熟練の爾落人は自分と同じような存在の気配に気付くって言われているんだけど、俺は特に感じなかったかな。仕事ができるけど言葉遣いが嫌味な上司っていうか。あの人はもしかしたら能力者としては微弱な方なのかも」
「なるほど!」
「いや、あまりアテにしないで。俺も爾落人歴は短いから」
「爾落人歴なんて関係ありませんて。いやぁ間近で見る爾落人、手ェ握ってもいいですか」
「え?」
「おお普通の手。細身でありながらも節ばってて男らしいですねぇ」
「えぇぇえ~…」


コンドウは凌の手を握るとバーで女性を口説くお調子者のように触り、吟味し始める。それは優しさと妖しさに塗れた手つき。興味本位なのかどうなのかコンドウの真意を測りきれず圧倒され、されるがままの凌。邪心を感じられず、果たして振り払って良いものかと手を引っ込めずにいると今度は岸田が飛びついてきた。


「凌さん!確か光の刃を出せたんですよね?」
「そうだけど…」
「かっこいいなぁ!ちょっと見せてくださいよぉ」
「うーん、ちょっとだけね」


凌は危ないからとコンドウの手を離すと、左手で手刀のポーズを形作り、その指先から日本刀程度の長さの光刃を出してみせた。さらに光刃は凌の指先から肘までを覆い、その刃は黄色く発光し辺りも照らしている。「G」との戦闘で使用する出力をそのまま展開し、素人に見せびらかすにはかなりの大盤振る舞いだった。


「やっぱり…すごい!」
「これが光撃の爾落人…」
「そうかな…」


凌は今まで人をこうも興奮させた事などなかった。一樹や綾は見慣れたリアクションであるし、初見でも八重樫には驚かれなかった。様々な実力者に埋もれる彼は少し、ほんの少しだけでも喝采を長く味わいたく思ってしまう。
しかしそれは握り拳に親指だけを立てたて引田により現実に揺り戻された。


「東條さん、めっ!」


普段は岸田を諌める引田の魔法の一言が爾落人にも炸裂したようで、燃え盛る炎を爆風圧によって一瞬で鎮火させるごとく凌を圧倒した。冷静になると舞い上がっていた自分が恥ずかしく、凌は顔を俯かせる。


「東條さんはお忍びである身。自分から周りに存在を知らせてしまうような真似をするなんて賢くありませんよ?」
「すいません…」
「その力、使う事態にならない方がいいでしょう」
「そうですよね…」


凌が光刃を使う時はほとんどが戦闘状態の時。使うような状況にならないに越した事はない。しかし今回この不穏な状況下、後に引田の心配は後に的中するのであった。
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