決着の日~2028~


一方の三人は地下にある射撃訓練スペースに出向いていた。自衛隊の演習施設と比べると数段以上見劣りする簡素な景色。一面グレーのパネルが張り巡らされた、射撃を訓練するとは名ばかりの直線距離数十mの廊下のようだった。そこに申し訳程度に防音措置が施されているだけ。元々の用途ば不明だが他に使い道がない。いや、使う者がいない。言わばGSIONS専用の施設だった。三人がここに来たのは溜まっている表向きの業務を消化していくためだ。


「さっさと終わらそうぜ」


験司は手続きを踏んで借り出した自動小銃を携えていた。共に持ち出したマガジンにはいつも使用している「G」封じの弾丸ではない、通常の5.56mmの弾丸が装填されている。


「あまり気分はよくねぇな」


験司は弾丸の向きをチェックしながらノの字に反ったマガジンを自動小銃に嵌め込む。同時に照準器下のチャージングハンドルを引くと初弾が薬室に送り込まれた。一連の動作は軽快な金属音の小気味よいリズムを刻んでおり、さながら一種の楽器にも思える。験司は機械的な動作で照準器の不備がないか、銃身の曲がりがないかをチェックを済ました。ストックを肩に当てて保持しハンドガードを左手で支えながら、前後の照準器で狙いをつける。10mという自動小銃の射程からすると近距離から射撃態勢に入る。狙うは蓮浦賢造。角刈り頭である事以外特徴のない男だ。その性格は愚直なまでに真面目で、やや融通が効かない。最終的にメンバーのフォローにまわる事が多く、縁の下の力持ちであると本人も自覚している。今回の役回りも含めて。


「気にしないでください」


蓮浦はボディアーマーを着ていた。それは世界中の軍隊や警察で採用されているベスト状の身体防護服である。中には最上級グレードであるレベル4、海外メーカーの開発した最新複合素材の防弾プレートを挿入している。従来品より軽重量な防弾プレートを、蓮浦は軽く身体を動かして使用感をチェックしていた。遠目から見れば少し厚めのベストを着た上半身が軽く着膨れをしているだけのように見える。


「撃つぞ」
「いつでもどうぞ」


後ろ手で手を組んだ蓮浦が事務的に答えた。直立不動で正面を見据え、射手の験司に命を預ける。そう、今から防弾プレートを装着した蓮浦を実際に射撃してその耐久性を確かめるのだ。本来なら貧乏くじである役回りだが蓮浦は仕事ならばと嫌がる顔すらせず引き受けたようだった。


「……」


念のために待機している引田深紗が固唾を飲んで見守っている。彼女は赤い眼鏡が助長させる知的美人だが、今はやや不安げに動向に注視していた。担当の医療技術については自他共に認める腕前であるが、それを披露しないに越した事はない。万が一狙いが外れて蓮浦が被弾したり、着弾しても貫通すれば一大事。もしもに備えてすぐに応急処置できるよう、道具一式を持ち込んでいる。


「……」


験司はグリップを握った際に親指にあるセレクターレバーをSEMIに回転させ、一呼吸置くと手前に真っ直ぐ、ゆっくりとトリガーを引いた。日本人には大きい反動を踏ん張りを効かせながら受け止めきる験司。一発のみ発砲された秒速800mの弾丸は蓮浦の胸を直撃した。至近距離から音速の二倍以上の速度、トリガーを引いてほぼ一瞬の出来事。


「!」


撃たれた蓮浦だが特によろける様子はなく、直立を続けた。験司はセレクターレバーを再びSAFEに戻し、マガジンを抜き取るとすぐさま蓮浦の元へ駆け寄った。


「大丈夫か!」


蓮浦はやや緊張しながらも、何事もなかったかのように頷いてみせた。深紗がチェックするも本当に無傷なようだ。


「大丈夫なようね。良かったわ」
「いつもこんな役回りで悪いな」
「いえ、表向きとはいえこれも任務なので」
「痛かったかしら?」
「いえ、プレートが衝撃も抑えたようです。今まで一番かもしれません。純粋な防御力ではショックジェルですが使用感や着用しながらの機動力を見れば最新の複合素材の進歩も…そうだ、これもメモしておこう」
「そのプレート、使用後を首藤に写真撮らせておけよ」


メモ帳を取り出した蓮浦はプレートキャリアを着たままペンを走らせる。今までと比較して思いつく事を全て書き記していく。本来このような荒事は角兄弟のどちらかが引き受けるのが適任なのだが、どうしても蓮浦の方が二人より優れている点があった。記憶力と語彙力。つまりは報告書を作るのにメンバーで一番長けているのだ。加えて悪くはない運動神経。だからこそ今他のメンバーは資料のまとめに徹し、蓮浦はこちらに抜擢されている。


「まったく、この手の装備品の試用が一番心臓に悪いわね」


GSIONSとして他に車輌、船艇、二輪車、回転翼機等の乗り物の試用は岸田が担当している。Gnosisでの担当上彼が適任ではあるがボキャブラリーに難があり、報告書を挙げる際の完成度がイマイチで何度も手直しを命ぜられるのが毎回だ。本来ならば試験者は腕とある程度のインテリさが求められるのだが、岸田は前者しか持ち合わせていないようだった。


「リーダーの腕で撃たれるなら心配はない」


蓮浦は個人被服、装具を担当している。ただ着るだけなら何でもないのだが、物によっては海外の特殊部隊が使用する空挺装備も混じっており、四人の中では何よりハードな役回りだった。
他、岸田蓮浦より機会は少ないが、誘導弾や情報システムを始めとする無人機の試用は験司が、炊き出し器具がメインの需品装備を蛍、生物汚染を想定した化学装備を深紗が担当している。撮影に徹する首藤、非常勤のコンドウ、角兄弟のみ何も担当はない。


「蓮浦君が良くても見ているこっちは落ち着かないものよ」


もう少し担当をバランスよく割り振りたいところだが本来の担当、もとい得意分野が偏っているため当分交代は望めない。せめて蓮浦だけでも負担を減らさねばと思うが前以上に増員が望めない今は蓮浦に頼り続けるしかなさそうだ。下手をすると欠員補充という形でしか増員が来ないのかもしれない。


「はぁ…」


憐太郎達の前では見せた事のない、中間管理職としての面でため息をついた験司。メンバーの前では滅多に見せない光景に二人が驚くが、験司は心配ないと身振りで制する。同時に彼のスマートフォンに着信が入った。八重樫からだった。安全な回線からであるとチェックすると、周りの盗聴を警戒しながら通話に応じた。
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