決着の日~2028~
防衛省とは、日本の国防を所管する行政機関である。陸海空の自衛隊や四つの幕僚監部を要する重要な中央省庁は、新宿区市谷に所在を置いていた。その庁舎の六つある棟の内の一つにGnosisが拠点になるオフィスを置いている。しかし機密組織であるが故、堂々とGnosisを名乗るわけにはいかず、設立当初から仮の名前を立てていた。
その名もGSIONS(ぐしおんず)。主に海外から仕入れた軍事品を試用する部署だ。扱う物は車輌や銃器、アクセサリーに至る装備品まで多岐に渡る。特に乗り物は現地で借りる形になるなめ、任務で長期不在になる場合が多い面々において都合の良い隠れ蓑だ。GSIONSのネーミングがGnosisのアナグラムになっているのも、面々の心理的にプラスに働いていた。
よってそのGSIONSのオフィスは機密扱いのGnosisとは対照的に、廊下と隔てる壁は強化ガラス張りでオープンなものとなっていた。基本的に開放感溢れる空間を存分に活かしたレイアウトではあるが、デスクが一部散らかっていたり、私物が置かれていたり各々の趣味や性格が反映されている。
「…帰りたい…」
そう言って今日何度目かになる悲鳴をあげたのは、Gnosis非常勤オブザーバーのコンドウ。元はネットで集めた「G」関連情報を掲載したサイト「GALLERIA」を運営していた一般人だったが、才能を見抜いた首藤の推薦でGnosisに参加している。彼は蛍の主導で女池の監査に向けた書類整理を行っていた。かつてない規模のため、総出で対応しなければならず非常勤オブザーバーまで動員される事となった。
「あぁあの人サラリーマンだきっと家に帰ればお嫁さんが暖かいご飯を作って待ってくれてもしかしたら子供がお帰りなさいって抱きついてこれはもう幸せな家族団欒が」
「岸田、手が止まってるわよ?」
角部屋なためブラインドから差し込む西日の太陽光が眩しい。ここを機密組織が隠れ蓑にしているとは思わないだろう。 サラリーマンであれば帰路につくタイミングではあるが、このオフィスにいる人間には関係のない事だ。一般人とは隔絶された、防人という職種の前では。
窓際から遠目の通行人を眺めて蛍から注意を受けたのは岸田月彦。普段はモダンな服装を好んで着ているが、今は防衛省内とあって作業用迷彩服を着ている。当然着崩す事は許されず、窮屈そうに身に纏っていた。
「……」
「……」
オフィスの片隅に座りながら無言で書類の印字とページ数をチェックする角丈と角歩。二人は一卵性の双子でほぼ見分けがつかない上に、担当は同じ調査担当。中身は正反対の性格をしているが、容姿の違いが目元の鋭さだけ。それに加えて今はお揃いの一般用迷彩服を着ており見分けがつかない。普段は二人ともパーソナルカラーの赤と緑のバンダナを着けているが、今は同じ色の腕章で代用していた。
「あの二人、ずっと黙りこけているけど大丈夫かしら?」
「録りためているアニメやらダイゴロウやらを観る暇がなくて、我慢を通り越して仙人になっているようですね」
「大丈夫かあいつら」
苦笑いしているコンドウと、やや舌の回った喋り方が特徴の男は首藤秀馬。天然パーマと褐色肌が特徴のGnosisカメラマン担当。子供の頃から人々が見ない・見えない・見逃しているモノをシャッターに収めたいと言う目標があるためシャッターチャンスには敏感だが、ここ数時間以上はそれが見込めないのか自慢の一眼レフを机の上に置いていた。
「しかしこのペーパーレスの時代に紙の資料を揃えろだなんて何考えてんだか」
「例の監察官の指示よ。明らかに嫌がらせね」
「んん?リーダーの印鑑は今誰が持っているんだっけ」
ある異変に気づき、ごね始める岸田とコンドウ。
「あれ、いつの間にかリーダーがいない?」
「蓮浦さんと深紗さんも!」
いつの間にかフェードアウトしていた験司と深紗と蓮浦を、行方を探しに行くという大義名分を得ようと二人は我先にオフィスの出口に向かう。しかしそれは三人の動向を知っていた蛍と首藤が出口前で仁王立ちする事により呆気なく阻止された。
「もしかすると僕達を差し置いてブレイクしているのかもしれませんよ!自分達だけあかんですよ!」
「いや、三人はGSIONSの仕事があるから。あと微妙に関西弁」
「行かない方がマシだぜ…」
ぼそりと、首藤が呟くのであった。