決着の日~2028~
警視庁の捜査一課は殺人事件等の人命に関わる凶悪犯罪の捜査を担当する、刑事部の誇る治安維持における重要な組織であり、優秀な捜査員が詰めている。よくドラマにも登場する花形部署だ。それらに憧れて警察官を目指す若者も少なくはないが、現実は如何に泥臭い努力、聞き込みや鑑識の積み重ねであるか。そのためにも人員は一人でも多く欲しいところであって、捜査員が華々しく活躍する刑事ドラマはプロパガンダとして持ってこいであるし、むしろ警視庁としては歓迎すべきであると伊吹龍二個人は考えていた。いや、だからと言って自分が観るわけではないが。
「あー、腹減った」
リアルでは超人的な洞察力と推理力を兼ね備えたインテリ刑事なんていないし、一匹狼を気取って情報交換に応じない刑事なんて有り得ない。いるのは飢えと喉の渇きに忠実な等身大の人間であって、超人ではないとここに配属されて数日で悟るのだ。ただ、伊吹はそれを悟るのに数時間しかかからなかったのが自慢だった。
「伊吹さん!事件ですよ!」
「昼飯くらいゆっくり食わせろ」
今日は早朝から出てきていたのもあって少し早めの昼食だった。最近また態度が冷たくなった嫁のボイコットにより、昼飯は出勤がてらコンビニで買ってきたおにぎりだ。パリパリの海苔に唇の水分を持っていかれながらボヤく伊吹だが、感じた違和感のせいか勝ったのか不満よりも疑問だった。
「お前、珍しく浮ついてるが大事件か?」
「射殺体が見つかったんですよ!しかも仏さんは身元不明!近場の所轄署で帳場が立つようです!」
「それを早く言わんか」
伊吹は残りのおにぎり、お気に入りに取っておいた昆布を一気に頬張るとペットボトルのお茶で胃に流しこむ。こんな事もあるから炭酸飲料好きはとうの昔に卒業していた。その光景をむせそうな表情で眺めている部下に車を用意しろと目で語る。
「クソッ…本当に飯くらいゆっくり食わせろ…」
伊吹は自分のメッシュチェアにかけてあったコートを掴むと、小走りしながら羽織った。俳優がやると画になる光景であるが、悪人面の伊吹がやるとどうしても締まらないようだ。オフィスを出る直前に汐見に一声かけようとデスクを一瞥したが、彼は不在のようだった。