決着の日~2028~


数時間後、三人は八重樫の車で防衛省の官舎マンション付近まで赴いていた。最初は験司が自分の車で移動すると申し出たが、後々痕跡が残りかねない可能性から八重樫の車で移動する事になった。大手自動車メーカーの人気車種を愛用していた事に少なからず驚いた二人だが、燃費、排気音などスペックを鑑みれば妥当なチョイスだと納得した。一般的には外観の特徴がない没個性なデザインと評されている車種だが普及品やパーツの互換性を好む八重樫にとってはそれで十分。加えて防弾仕様の加工を施せば言うことはない。運転は験司が務め、蛍が助手席に座る。


「この辺りでいいんじゃねえか?」


験司は片側四車線のある陸橋の路肩に車を停める。ドライバーが仮眠しているであろうトラックとライトバンの合間に入り、ハザードを焚いた。ここからであれば車内から一歩も出る事なくマンションを一望できる上、怪しまれることもない。体内を循環する血液のように途切れる事を知らない車の交通量がカモフラージュにはもってこいだ。


「あそこに給水塔のあるマンションがありますよね。あれの左隣です」


車内のカーナビには民放のニュース番組が流れ、直近の「G」事件についてキャスターとコメンテーターが討論を始めていた。この帯番組が流れる時間帯は世間一般的には床に伏す時間だ。そうでなくてもお堅い役職の女池が出勤に備えて部屋で寛いでいる可能性は高く、タイミングはバッチリだった。



「あれだな」


八重樫は狙撃銃用のスコープを取り出す。人を殺めるために使われる道具はいつの時代であっても高性能であり、八重樫も躊躇いなくそれを使う。蛍は複雑な心境でタブレット端末を操作し、マンションの見取り図を呼び出した。八重樫はスコープの低倍率でマンション全体を見ると、ある部屋に目星をつけた。ダイヤルを一段階ずつ回して拡大すると次第にその表情が険しくなっていく。


「女池の部屋は…」
「当てよう。20階正面から見て左の角部屋だろう」
「え?」


蛍はマンションの見取り図を再度見た。八重樫の見立ては当たっており、驚いた様子だ。験司は静かに天を仰ぎ見た。


「そうです…」
「女池は爾落人だったのか?」
「いや、能力者のようだ。まだクロとは言い切れないが雲行きが怪しくなってきたな」


恐れていた事態にため息をつく験司。能力者とて迫害を恐れ、能力を隠して生きている可能性だってある。だが現段階では女池がそうであると言い切れず、無害であると断言できない。かと言って能力者の女池と仕事で顔を合わせなければならないのは不安がある。その心中を察した八重樫は提案した。


「女池の部屋を家探しする」
「やりすぎじゃねえか?」
「俺としても敵味方はハッキリさせておきたい。シロならそれでいいし何か見つかればそこからトレースできるだろう」
「…ありがとうございます」
「助かるぜ」
「貸してくれ」


八重樫は蛍からタブレット端末を借りるとマップアプリを立ち上げ、官舎マンション周辺地図のパノラマ写真を表示させた。縮尺をピンチで調整して道路沿いの風景をチェックする。


「あのマンションについて他の情報が欲しい。何か知ってるか?」


験司は目を閉じて思い出すかのように口を開いた。事前に調べた事ではなく、昔に経験した記憶を手繰り寄せるかのような。


「…建設されたのは16年前だ。主に背広組が有事でも迅速に市谷に向かえるようにこの立地になった。これまでの官舎とは違ってセキュリティにリソースを割いているのが特徴だ」
「誰か大物が住んでいるのか?」
「いえ、要職者はあまり住んでいません。女池を含めても佐官以上が数人程度です」
「セキュリティはどうだ」
「出入口がオートロック。非常階段は内鍵がかけられていて手引きなしに外からは開けられない。敷地内には監視カメラが全域をカバーするように配置されていて、管理人室で映像が記録される」
「あと個人で使用するWi-Fiも暗号化が高グレードのものが備え付けでしたね」
「回線のセキュリティなら宮代がいれば問題ないだろう。各部屋の鍵はどうだ」
「カードキーですよ。ブレードタイプは使いません。合鍵を複製させないよう、設計段階で排除されたようです」
「…二人ともやけに詳しいな」


八重樫は二人の手際の良さに驚いていた。捕捉を引き受けてもらう前提でマンションの下調べしていたのだろう。しかし験司から意外な返事が返ってきた。


「オレも一時期はあそこに住んでいたからな」
「そうだったのか。セキュリティに強いマンションなら自分から出ていく必要はないだろう」
「そうだけどよ…住み心地は悪くないが所帯を持つにはデメリットが多くて出て行ったんだ」
「安心と言えば安心ですけど家族で住むには閉塞感というか……刑務所と表現する程ではないんですけどね」
「……」


八重樫は驚嘆した。意思決定において子育てを選考基準にした事はおろか、子供を持つ事すら想像できない八重樫にとっては到底思いつかない発想だった。自分に関わりのある人間で家庭持ちなのは八重樫にとってえらく久しい。


「明後日の午前中に入る。当日の女池は勤務だな?」
「はい」
「何か用意するものはあるか?それくらいは手伝わせてくれ」
「今のところはない。何かあれば連絡する」
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