決着の日~2028~
「ハイダという女の爾落人を探してもらいたい」
「捜索か。骨が折れそうだねぇ」
「能力は思念。外見的特徴は長い銀髪に白のドレス。彼女は旅人で、最後に会ったのはクレプラキスタンで35年前だ」
「ざっくりだな。写真はないのか」
「ない」
「難しいな。いくら私のフットワークが軽くても苦労するよ。それだけ昔の情報ならイメチェンしてたりするだろう?女なら尚更だ」
「多分それはない。爾落人にとっての35年はそう昔の事ではない」
「…で、見つけたら連れて来ればいいのか。昔の女かい?」
そう聞く翔子は下世話な表情だった。人の異性関係の過去を面白くほじくり返すような。それが堅物の八重樫なら尚更楽しい様子だった。翔子は八重樫のリアクションに注視し、粗を探そうとするがそれは徒労に終わる。即答かつ隙のない表情だったからだ。
「違う。彼女は俺の恩人だ。お前の思っているような間柄ではない」
「勘違いしないでくれ。手がかりとして聞いたまでさ」
「彼女に会えたら今回の件を警告してくれるだけでいい。後、連中や殺ス者に手を出さずに身を隠せと…なんだ?」
翔子のニヤけ面は止まらなかった。女っ気が全くと言っていいほど見当たらない八重樫。昔はどうだったのか分からないが女性に興味すらなさそうに見える。どんな理由であれこんな八重樫に気をかけられている女性となると、ハイダなる人物に興味が湧いてくる。
「…それだけ?サービスしてもいいけど」
「余計な事はしなくていい。今回の件、連絡の取れる知り合いには警告しておいたが彼女にだけコンタクトを取る手段がない。それ故の依頼だ」
「やれやれ。それなら連絡先くらい交換しておけばよかったのに」
「当時はそれっきりの共闘のつもりだった」
「まったく…高くつくよ」
「報酬は言い値で払う。他に質問はあるか?手がかりになりそうな事でだ」
釘を刺す八重樫。翔子は切り替えて真面目に思案した。ふと、自分にとって因縁浅からぬ国名が引っかかった。昨年GROWによって舞台に仕立てられたあの国が。
「待て。35年前のクレプラキスタンといえば…騒乱の時期じゃないか」
「詳しいな。自分の生まれる前の事だろう」
「あそこには去年行ったからね。仕事で他国へ行くとなれば歴史や風習を調べておくのは当たり前だ。それで、騒乱に二人して関わっていたとか?」
「そうなるな」
「当時は何をしていたんだ?」
「傭兵として反政府勢力に加担していた」
「…聞き捨てならないねぇ。爾落人は善悪の判断すらつかないのかい」
翔子は目の前に座る男を訝しんだ。懐に忍ばせている自動拳銃により重心の偏った上着。視点によっては野蛮に見えかねない経歴の八重樫に翔子は軽蔑するような片鱗を見せた。八重樫はリアクションを予想していたようで諭すように続ける。
「勘違いはしない方がいい。爾落人も人間と同じく一時の感情や刷り込まれた思想、置かれた立場で動く。例外的に狂っている奴もいるだろうが一握りだ」
「…続けな」
「当時の俺は金と戦場に自尊心を満たしていたが、今はこちら側にいると思っている。成り行きだが当時はハイダとブルーストーンを奪還した」
「考えを改めたってわけか」
「そうだな。そういう意味でもハイダは恩人だ」
「…後はハイダ本人の思想や経歴が分かればいいんだけど。出会い頭に攻撃するような性格なら苦労するだろうし」
「それはない。彼女は従軍経験もあると言っていたが今は戦いを避けて旅をしている。好戦的ではないが長い目で見て脅威となる勢力には自分から仕掛けるだろう」
「それって今回の連中とやり合っている可能性があるって事か」
「そうだ。思念は便利な能力だが、彼女自身が敵の実力を見誤るところがある。戦うにしても誰かがフォローしなければ危ういだろう。できれば今回の連中からは遠ざけたい」
「…要するにあんたにとって大切な人ってことね」
翔子は二人の複雑な関係性が煩わしかったのか一括りにまとめてしまった。八重樫はこれ以上の説明を諦めた。理由はどうあれとにかく捜索を依頼できればそれでいい。
「語弊があるがそうなる」
「この依頼への熱意は汲み取れたし、片手間で動いてみるよ」
「頼むぞ」