決着の日~2028~


「連中や殺ス者だが俺達にどう影響あるか分からないが警戒しろ」
「いざという時は安全圏まで回収お願いします」


八重樫と綾の言葉で我に帰った翔子の脳内はビジネスに切り替わった。ビジネス、となると相手は目前の四人であり、行為の見返りには対価が発生する。それ相応の額のものが。


「いいよ。一人500万円で請け負うさ」
「うわ法外!」
「…領収書はGnosisで」
「翔子さぁん…」


一樹が翔子の座るソファの隣にすり寄った。翔子の足下まで腰を落とし、組んでいる脚に縋り付く。さながら雨の高架下に段ボール箱ごと置かれた捨て猫のよう。


「ここはギブアンドテイクでいきましょうよぉ…持ちつ持たれつでね…」
「……」


薄いデニールのタイツを穿いていた美脚に縋られたのが不快だったのか、際どいアングルに迫られたのが不快だったのか、はたまた両方か。翔子は一樹を元いたソファに転移させた。翔子は再び煙草を手にすると、火をつけて肺の中を主流煙で満たした。この喫煙の勢いが男に対する免疫のなさから来るものなのか、心に決めた者に対する身持ちを案じる乙女の心理なのかは本人にしか分からない。綾は身内の奇行を咳払いで制する。


「500万なんてぼったくりじゃないですか」


非喫煙者の凌が煙たそうに翔子へ本音を漏らした。確かに足下を見られてふっかけているような値段だ。しかし翔子は一樹による奇行の熱りが冷めやらぬらしく、意に介さない。


「ぼったくりとは心外だね。これは今から市場価値を含めての価格。これでもサービスしてるのさ」
「にしても一人500万て…」


とてもじゃないが一般人には払えない額だ。その収入的一般人の枠組みに入る凌、綾、一樹は泣き寝入るしかない。凌は左隣に座る一樹の脚を膝で小突き、翔子の死角から鉄槌を加える。これ以上の値切りは不毛だと判断した八重樫。


「仕事の復帰は明日からだったか?」
「…あぁ。明日から復帰後初の仕事でロンドンなんだ」
「ほらもうスケール違うし。仕事で国を跨ぐって軍人かビジネスマンだよなぁ…」
「ロンドン。そう言えば「G」ハンターの予告状が届いてましたね」


綾の勘の良さに翔子はニヤリと笑ってみせた。求めていた獲物を射殺す寸前の、常に狩る側である敗北を知らないハンターのそれだった。


「鋭いねぇ。ロンドン警視庁からの依頼だ」
「俺も連れていってください!」


瀬上へのリベンジに燃える凌が立ち上がって立候補した。端正に整えられた黒髪と眉目秀麗な顔立ちが意志の強さを助長している。八重樫の指導、今までの経験もあって数年前の月夜野の一件から成長が見られるが、翔子の反応は芳しくなかった。それが承認欲求に駆られる思春期の少年に思えてならなかったからだ。例え戦力的にはプラスであっても、足を引っ張りかねない。


「坊やには及ばないよ。それに対策は考えてあるから」


何気ない一言に、凌はため息を漏らしながら力なく着席した。以前の瀬上との因縁を清算するまたとない機会だっただけに一蹴されたのは堪えたようだ。一樹はお菓子を頬張る。


「まぁまぁ、これから先は長いんだしまた出くわす機会があるって」
「それも…そうかな」
「それって私がロンドンで奴を取り逃がすって前提かい?」
「あいや…そういう訳じゃなくて…」


喋れば喋るほどこちらの心象が悪くなりかねなかった。ここはもう引くしかない。やむなしと綾は切り出す。


「そろそろ帰りましょう。混むし」
「え~。どうせなら転移で送ってくださいよぉ…外寒いし」
「500万」
「お疲れしたァっ!」
「じゃあまた」
「…もし瀬上を捕まえたら、お礼参りしたいんですけど」
「そういうことなら歓迎するよ。皆を集めて盛大にやろう」
「約束ですよ」


八重樫以外の三人が立ち上がった。コートを羽織り、身支度を整える。外に出るのが億劫な一樹を凌が後ろから押し出しながら出口へ向かう。


「先に帰ってくれ」


一人だけ座ったままの八重樫。三人は一言断ると事務所から出て行った。数秒だけ開放された扉から室内に冷気が流れ込むが、残った翔子は動じずに八重樫の真意を測る。人払いしてまで話す事といえば個人的な話だろう。


「まだ与太話があるのか」
「違う。仕事に復帰するなら個人的に依頼したい」
「内容にもよるけど?」


翔子はどうやら前向きな様子だ。報酬を支払えそうな相手だと乗り気になるところ、やはり商売人のようだ。煙草を再び揉み消し、話を聞く態度を見せた。
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