決着の日~2028~


「しかしいいのかい。平日のこんな時間にほっつき歩いて。警備会社としての通常業務もあるだろうに」
「いいんですよ。Gnosisがペーパーカンパニーとして依頼を出して派遣されてる体なんでね」
「そうそう、サボりサボり」
「宮代君、言い方!」
「おいおい、血税を無駄にしないでもらいたいね」
「その代わり有事の際における荒事は引き受ける事になっている」
「有事の際か…やっぱり事態は深刻らしいねぇ。収穫はあったかい?」


翔子と四人は月夜野の一件から今までも多少ながら交流があった。四人は他と比べてコネクションが多くない。しかも爾落人は放浪癖を患う人物が多く、貴重なコネの一人である月夜野も例に漏れず連絡がつかないのが現状だ。翔子が四人に対してどう思っているのかは計れないが、安定して接触できる貴重はコネの一つだ。そして今回は祇園高校における特殊部隊襲撃における情報交換の場であった。四人を代表して八重樫が口を開く。


「結果から言えば進展はない。襲撃を指示した連中をGnosisに調べさせたが、実態は掴めなかった。出動した特殊部隊に指示を出したのは警備部長となっているがこれは体裁的なものだったんだ。実際はもっと上の人間、ひいては別方面から警察上層部に圧力をかけたようだ」
「信憑性は?」
「あるだろう。彼らもプロだ。畑違いでも防衛省の調査機関とあれば保証できる」
「あー、それと一つ。仮に連中が世界中に顔が利く派閥だとすると近々何かおっ始めるつもりかも」


一樹はテーブルの真ん中に鎮座する茶菓子の木鉢を漁る。漆塗りが施されたお碗型の木鉢の中には、その豊富な体積を活かして様々な製菓メーカーの商品がアソートされていた。雷を謳うヘヴィな食感のチョコバー、ベテラン女優がCMを務めている塩味の効いたクラッカー、受験シーズンの験担ぎに持ってこいなネーミングのウエハース、チョコで帆船の絵を形取ったビスケット、旨味粉末を塗した笹かまぼこ型の煎餅など、買い出しに行ったであろう男の子のセンスに一樹の笑みが溢れる。話している内容の重要性に反比例するかのように緩慢な一樹に翔子は若干の苛立ちを見せたが、他の三人が気に留めない様子を見てここは自分が大人になる事で抑えた。


「…どういう事だ?」
「一樹が色んな機密情報を覗き見るのが趣味なのは知ってますよね」
「おいおい言い方…」
「その過程で世界各国の軍隊に最新鋭の兵器がほぼ同時期に納入された痕跡を発見したようなんです」
「主に歩兵用の装備…マイナーチェンジの範疇で気にする程の戦力増強ではないが、何しろタイミングが悪い。メーカーも規格も各国に合わせて、ほぼ同時期に更新されたのも引っかかる」
「つまり何だ。連中が世界中の軍隊をけしかけて大規模な軍事行動をとろうってわけか。だとすると仮想敵が何なのか見当がつかない」
「…これは憶測だが」


八重樫に視線が集まる。


「実はミステイカーのような存在が世界中に存在して、それらを殲滅しようと動いているとしたらどうだ」
「確かにああいう施設が東京にあったって事は国内だけじゃなく世界中に存在していてもおかしくはないですよね。各国が挙って研究してそうだし」
「それにミステイカー程度のスペックならやり方次第で軍が圧倒できますよ」


確かにそうだった。祇園高校はある勢力の一施設であり他にも支部や拠点があると見るのは当然だ。勢力図が分からない以上、最早自分達だけでどうにかなる案件ではないのかもしれない。そして翔子には頭を悩ませる存在がもう一つあった。


「私からも一つ。殺ス者、レリックと名乗る爾落人が出没している。連中との関係はまだ不明だが、仲間の目の前でミステイカーを一掃してみせた」
「能力は?」
「見当がつかないね。概念を無視してあらゆるモノを殺す能力なんて私もお手上げだよ」
「ひえぇ~」
「…遭遇したら交戦は避けた方がいいですね」
「そうだな。勝算もないのに戦うのは無謀だ。何かアクションするならこちらも一騎当千を狙える戦力を複数揃えるしかない」
「今は下手に動くのはよした方がいい。それと八重樫、質問なんだが」
「なんだ?」


翔子は煙草を灰皿に揉み消した。情報交換はお開きだと言わんばかりの捻じ込み。先程まで燃焼していた淡い火は無残にもその役目を終えた。翔子は鋭い眼光で正面に座る八重樫を見据えた。その佇まいから若干のクレーム、物言いが始まるようだと察する事ができた。


「ミステイカーは捕捉できないのか?祇園高校の実態に何で気づかなかったんだ」
「恐らく加島とやらの力で隠蔽されていたのかもな。たまにあるが能力によっては捕捉から免れる細工がある。どうやら俺と相性が悪いのがあるらしい」


翔子はソファに深く座り直し、全体重を背もたれに預けた。我が事務所に因縁のある男の名前に、うんざりしかけていた。そんな翔子の様子から、その男がどれだけの実力者であるのかを感じ取った八重樫。各々の抱える相関図は「G」が絡むとより複雑になるらしい。


「まったく。奴は奴でなんでもありだな…」


加島玄奘。祇園高校にて世莉と交戦し敗北した。根掘り葉掘り聞きたい事があったが、姿をくらましてどこにいるのか行方が掴めなかった。自分が使う分には構わないが、転移を相手に使われるとこんなに厄介な能力はなかった。迂闊にも転移の複製を許してしまった輩をとっちめてやりたいと前々から思っている。
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