決着の日~2028~


東京はまだ寒空だった。陽が傾いた夕方ともなれば尚更だ。凌、綾、一樹、八重樫の四人はスーツ姿でくたびれた雑居ビルの階段を上がっていた。このビルに目的地以外のテナントはなく、エレベーターも整備されていない。よって移動には階段を使う他ないのが、この事務所の敷居を高くしている所以だ。幸いにも階段は屋内に設けられてはいるが、冷気を凌ぐには対策が施されていなかった。それらを耐え凌いでまで訪ねる価値のある人物がここにはいるのだ。


「うぅ…もっと厚着してくればよかった…」


初見殺しの洗礼はとうの昔に受けたはずの四人。内、一人がリタイアしかけている。寒がる一樹は保温性の優れた某社目玉商品のインナー、ワイシャツ、ベスト、上着、コートに加えてカイロによるドーピングを施した重武装でこの洗礼に臨んでいた。だがそれも虚しく震えている。白い息を吐きながら身体に鞭打ってやっとの思いで四階に到達し、北条翔子の構える個人事務所に到達した。一樹以外の三人は息を調える必要がなく続々と入室していく。中はありったけの暖房が効いており、荒い鼻息ながらも安堵する一樹。骨の髄まで冷え切った彼の身体にゆっくりと暖気が浸透していく。一樹以外の三人はコートを脱いだ。


「時間通りで助かるよ」


出入口から入ってすぐの応接スペース。ソファにどっかりと座り、紫煙を吹かす北条翔子。その姿はそこらの爾落人にも引けを取らない貫禄を見せている。それは年齢に見合わぬ修羅場の経験から来るものなのだろうが、当の本人は年頃なためそんな事は口が裂けても言えない。


「相変わらずだな」
「お久しぶりです」
「いやぁ、自分に必要ないとはいえいい加減エレベーターつけましょうよ…」
「疲れたぁ…」
「あんたら身体が資本なのにその程度でボヤくなんて、警鋭セキュリティとやらの人事は見る目がないねぇ」


玄奘との交戦で負傷し本調子ではない翔子。しかし復帰が近いのか普段と変わらない振る舞いに見えた。四人は断ってからソファに座った。ガラス張りで長方形のテーブルを挟み、翔子はお茶をテーブルに転移させて振る舞う。いつもなら助手のように扱っている高校生二人が淹れてくれたりもするが、今日は自分で淹れたのだ。


「いただきます」


平日に四人を招いたのは理由があった。この事務所の右腕として動いている四ノ宮世莉の事だ。彼女にはまだ多くの爾落人と関わらせるのは避けたかった配慮である。自分が爾落人であると認知したばかりな上に、己の生い立ちすら把握していない彼女に瀬上や玄奘のような輩と遭遇させてしまった手前、タイミングを見計らっているのが現状だ。決して八重樫や凌、一樹が変人だからという理由ではない。


「いいなぁ…オレも転移の爾落人になりたい…」
「寝言は寝て言え」


四人は訝しむ事なく湯呑みを手に取る。凌と綾は湯呑みを手に取り暖をとる。お茶は訪問する直前に淹れておいたのか温かく、熱がダイレクトに伝わってきたが冷え切った指先にはそれが心地良かった。
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