決着の日~2028~


「…え?…えぇ?!」


酔い潰れ、目が覚めた凌は天井を見てここが非日常な空間である事を察知した。自分の借りている部屋ではないと気づいたところで一気に目が覚めた。先程までうなされていたのも忘れるインパクトだ。


「え~…」


一瞬、一樹か八重樫の部屋かと思ったが違うようだ。辺りを見回すと濃い茶を基調としたシックなインテリアの前に整理整頓された空間が広がっていた。八重樫の必要最低限かつ無骨なインテリアの目立つレイアウトや、一樹の乱雑なものでもない。凌はパニックを隠せず、起き上がったところで自分のあられもない姿に気づいた。


「うわ…」


昨晩何があったのか。状況を把握しようと枕元に置かれたスマートフォンをつける。幸い電池切れなどではなく正常に動く。今の時間は午前8時半。そして未読のトークアプリから二通、一樹と八重樫からメッセージが届いていた。通知時間は午前2時台だ。凌はロックを解除して恐る恐るアプリを開いた。


【カズーキー:お楽しみでしたか( ^ω^ )?】
【八重樫大輔:二階堂に礼を言っておけ】


凌は昨日の夜を思い出す。八重樫の奢りで回らない寿司屋に現地集合した凌、綾、一樹、八重樫の四人。高級な食材ではあったが、マナーが気になりすぎて美味しく味わえなかった凌一樹。その足で大衆居酒屋へ向かった四人。それで凌は生4杯、焼酎お湯割2杯、カクテル2杯を飲んだ。結果酒に呑まれた。ちゃんぽんには経験から気をつけてはいたが、数年前はこんな量は大丈夫ではあったのに。疲れていたのもあるかもしれないがいい歳して酒の失敗をするとは自分が情けない。まるで新卒の新入社員か。


「はぁ…」


凌は現実に打ちひしがれながら改めて部屋を見回してみると寝室であった。しかも女性の。徐々に記憶が整理され、ここが綾の部屋だと気づく。恐らく綾が介抱してくれたのだろう。別に初めてここに来たわけではないが、状況が状況なだけに身が縮こまってしまう。


「……」


ベッドに腰掛けながら項垂れる凌。ベッドはシングルより少し広めで、二人で使うにはそこそこ密着しなければならない仕様。だが凌はそれが嫌いではなかった。


「はぁ…」


敗者の如く顔を上げずにいると、床に目がいった。フローリングは白で、通常なら埃や汚れが目立つが部屋の主の手入れが行き届いており清潔だ。だが直近のものか、艶のある長い黒髪が一本だけ落ちている。明らかに綾のものだ。凌は髪の毛を拾いあげ、髪の毛を両手で伸ばして眺める。部屋の角に置いてあるダストボックスに捨てようとしない凌。


「起きたかしら?」
「はい!おはようございます…」


扉が開き、ルームウェア姿の綾が顔を出した。一般的に普及しているモコモコな装飾がない飾りっ気のなさが目立つ機能美な部屋着だ。その上にエプロンを着けてポニーテールを揺らす彼女に、凌は思わず拾った髪の毛を握り隠し、立ち上がって答えた。しかし二言目は彼女になんと言葉をかければよいか。謝罪か?お礼か?とりあえずすっぴんを褒める?凌自身女性経験が全くないわけではないが大人の女性は分からない。


「その…昨日はありがとう…」
「どういたしまして。気分は落ち着いた?」
「うん。あの…俺のスーツは?というかいつの間に着替えを…」


凌の上半身は肌着一枚にひん剥かれ、ボクサーパンツは穿いたままで下はランニング用の短パンサイズのウェアを着せられている。しかも女性用の。いわゆる細マッチョな凌には多少サイズ感の苦しい状況になっており、ピッチリ具合が厳しそうだ。3月なのもあり本来なら寒いだろうが、暖房が効いており問題はないが。


「そこに干してあるわよ。着替えは…念力で体を浮かせている間に脱がせたわ」
「そうだっけ」
「やっぱり覚えてないのね」
「すいません…」


綾はハンガーラックを目線で指す。自身のスーツと、綾本人の大人っぽい雰囲気とは対照的な若干少女趣味染みたコートが掛けられていた。その隣には凌が昨晩まで着ていた黒のスーツの上着とスラックス、ネイビーのアルスターコート、ネクタイが吊るされている。少し離れた所にワイシャツが生乾きで干されている。どうやら洗濯してくれたらしいが、それにしては乾燥機を使っていないのは彼女らしくない。


「お風呂、入る?」


凌に電撃が走った。朝風呂が上流階級のする行為であるという後ろめたさではなく、綾の指し示しているであろうその後の事に関してだ。未だに主導権を握られている行為。


「いただきます…」


綾は意味深な笑みを浮かべるとキッチンに戻っていった。凌はスーツのポケットに拾った髪の毛を隠すと浴室へ向かった。こうなれば凌はまな板に置かれた魚と同義であった。
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