決着の日~2028~


現在。某国某所に建つある施設のエレベーター。ガラス張りで開放的な夜景を見下ろしながら、ワーカーは上の階へ上昇していた。有名なオーケストラの鼻唄を、一人口遊みながら快速な上昇に浸っている。エレベーターで高層まで上がる際に天国まで上がるような錯覚に酔いしれる事が、ここで受ける依頼と同じくらいの楽しみであった。唯一ケチをつけるなら建物の構造上、骨組みが通過する度に視界の邪魔をするくらいか。


クレプラキスタンから逃げ出してからというもの、ワーカーは雇われの傭兵として銃撃戦の限りを尽くしていた。自分の発砲欲求を満たすために世界中の紛争地帯を転々とし、クライアントを見つけては現地に介入する。その繰り返し。やがて独特のカリスマ性から類を呼び、続々と仲間を増やしていった。気がつけば同じような戦争ジャンキーを患った人間が集まり、今では小隊規模の作戦行動が執れるまでに至っている。練度は様々だが、単なる殺人鬼のアマチュアから元軍人まであらゆる経歴を持つ者達で混成されるまで発展していた。傭兵グループとして実績を積んでいく一方で、今では複数人固定のクライアントがついている。現状金と、戦場については困らない。


だがワーカーは満たされなかった。やはり今まで行動を共にしてきた爾落人二人がいなければ興が乗らない。自分をあそこまで高めた恩師とも言えるあの二人。崇拝していた目標の喪失は大きな損害で、自分の心の中に埋めようのない孔を空けていた。


だから二人を取り戻す。そのためにはもう一度ハイダを見つけ出し、捕らえ、二人の暗示を解除させる。それがワーカーの悲願だった。


その手始めにハイダが介入しそうな状況の戦場に赴き殺戮と破壊の限りを尽くす。あらゆる勢力を問わず、傭兵として残虐な依頼を積極的に請け負い完遂する。対象が女子供でも、どんなに非人道的でも、非倫理的でも逃さず処理した。こうして残虐を働けばいずれ向こうから正義のヒーロー面して乗り込んでくるのではないか。そういう期待をこめて、悪行の日々に明け暮れている。


「おっと」


エレベーターは目的の階に到着した。扉の開放と同時に出迎えたのは小太りの男だった。もう何度目の接触か。最早ワーカーにとってスポンサーと言っても差し支えない存在だ。


「待っていたよ」
「再度ご指名、ありがとうございます」


ワーカーは正装している。このクライアントに対して最大限の敬意を払うようにしていた。自分の事情を知る唯一の「人間」。そして理解者であり協力者。向こうが自分をどう思っていようが、ワーカーは小太りの男ーーヘッドに対しそう思っている。


「今回の標的は極東のある組織だ。そこが過去の事件を嗅ぎ回っている。連中とその蓄積されたデータを始末してもらいたい」
「お任せを」
「だが今回ばかりは少し厄介な場所でね。その国における国防にあたるオフィスの一セクションだ」
「つまりアメリカでいうペンタゴンに襲撃をかけろと?」
「そうだ。そんなところに自国の軍隊を向かわせる訳にも、彼やヨリコを差し向けるわけにはいかない。君が適任なんだよ」
「なるほど。手口として人間に近い私に御誂え向きというわけだ。しかしお言葉ですが、それならば圧力をかけて潰してしまえば済む話かと」
「念には念をだよ。私とは関係なしに怪しい動きがあるようだが、その組織が潰されても人材が再び妙な徒党を作るかもしれないからね。とは言え君も今回ばかりは苦労するだろう。現地には協力者を待機させておく。情報は彼から受け取ってくれ」
「警備等の取り巻きは殺害してもよろしいですか?」
「構わないが…それは殺害欲求かね?」
「違います。殺戮は目的のための手段ですよ。私が好むのはあくまで、銃撃戦の高揚感です」


冷静なトーンで話を進めるワーカー。それに人格の歪みは微塵も感じさせない。だがヘッドは時折垣間見える「G」によってもたらされた歪みの片鱗を見逃さなかった。それを楽しみに呼び出しているのもあるくらいだ。


「今回の指令はあの時にタイミングを合わせるといい。仕事がやり易くなるはずだよ」


ヘッドはワインを開ける。軽快な開栓音。濃い紫色の果汁が二つのグラスに注がれた。微かだが漂う熟成した甘い香りを堪能する。


「恐縮であります」


ヘッドはグラスを掲げた。ワーカーも追従するように掲げる。二人のグラスが薄暗い照明に照らされ、一瞬だが果汁が血溜まりの赤黒さを帯びた。


「さぁ…」


「G」が「G」を狂わせる。
「G」が「G」を憎む。
「G」が「G」嬲り殺す。
それらに高みの見物を決め込む。これがヘッドにとってなんと楽しいことか!


「君の人生を狂わせた「G」に報いがある事を…」


ワーカーはヘッドとグラスを交わした。
3/96ページ
スキ