みぎうで


「お待ちしてましたよ」
「…クーガー」


八重樫は翔子の転移によって某所に飛ばされた。捜索のため、手を組んでいる爾落人と合流する手筈だ。一足先に待っていたらしいクーガーは八重樫に驚きもせず出迎えた。それは当たり前で、自身の視解によって八重樫の登場が分かっていたからだ。


「捜索とは聞いていたが、確かにお前は適任だな」
「それはあなたもですよ。何せ対象が巫師ですからね。どうやら適任者ばかりが選抜されたようで。…おや?」


クーガーは八重樫の右腕に気づいた。出会い頭に相手を視る癖があるのか、
八重樫から視線を外さなかった。


「右腕のそれは呪いですか」


クーガーの言い回しに、八重樫は珍しく言葉に詰まった。呪いという言葉が非科学的だからとかではない。ハイダの行いが貶されたという訳でもない。


「…それは言い得て妙だな。見方によってはそうかもしれない」
「あなたのそれまでの生き方を変えさせられたその暗示、それを呪いと言わずして何と呼ぶんです?」


返答に迷った。明確な答えを考えてもいなかったからだ。ハイダに報いるためというのも口に出すには語弊があるし、その辺りも踏まえてクーガーは視えているのだろうが。それも彼女の予期せぬ登場によって切り上げられた。


「お前…」


ハイダが転移によって姿を現した。初めてハンヴィーに乗り合わせたあの時と変わらぬドレスを着ている。特徴的な銀髪含めて容姿の変化はなく、最後に別れたその日からそのまま翌日に再会したようだった。


「二人ともお知り合いでしたか」


クーガーが白々しく驚いてみせた。何もかもお見通しなはずなのに、大仰なリアクションをとってみせる。今となっては気にならないが、それが性分らしい。


「ダイスもここにいるという事は、蒲生さんに雇われたんですか」
「いや、チャリティーだ」
「人間じゃない規格外の敵と相対する戦いに投じるなど、らしくないですね」
「そういうお前こそ戦いを避ける旅をしていたんじゃなかったのか」
「そうですが、長い目で見れば組織とやらも脅威です」
「お前はまたそう言って確実な勝算もない戦いに投じているんだな。南極の時はよかったものの、いい加減やり過ごす事を学べ」
「それは私の台詞です」


ハイダは八重樫の持つバッグを見て呆れた。中にはライフルが秘匿されており、八重樫が丸腰で合流するとは思っていない事から当たりをつけたようだった。


「まぁまぁお二人共、久しぶりの再会なんですから」


クーガーは八重樫とハイダを鎮めた。


「…俺の右腕の件だが、あの時は礼を言えなくて悪かったな」
「礼を言われるほどの事はしていませんよ。それよりも一つ、気になっていた事があります」
「なんだ?」
「あの時非人道的な事に思念を使わせると最初に言ってましたが」
「あれは試しただけだ。どの程度の覚悟で依頼してきたのかを見てみたんだ。俺からも聞きたい事がある。正直に答えてくれ」
「はい」
「あの時、右腕の他に暗示をかけたのか?」
「……」
「お前は後藤のように意思を操ることができたな?今のこの俺が自分の意思なのかお前に作られた人格なのかが分からなくなる時がある」


ハイダは意味深な笑みを浮かべた。傍観に徹していたクーガーも真実を視たようで、忍笑いになる。


「余計な暗示なんてかけていませんよ。今ここにダイスがいるのは自分の意思です」
「…そうか。どちらにせよ今の生活は嫌いじゃないんだ。あのままの右腕なら俺は今ここにはいない」
「傭兵は辞めましたか」
「あぁ。お前と別れてからは日本に戻って警察の特殊部隊として前線でテロリストと戦っていた」
「適任じゃないですか」
「そうでもない。法治国家として体裁に縛られる事が多くてな。今の時代に爾落人が同じ場所で働き続けるにはまだまだ不自由も多い」
「それもきっと時間が解決しますよ。「G」が世界に認知された事で人間も私達に慣れてくるはずですから。ウォード…でしたか。彼は?」
「ウォードは傭兵を辞めて狙撃屋に転身した。請け負う仕事の内容から、今となっては世界中の捜査機関からマークされている。幸いにも爾落人であると割れていないようだ」
「…あれからワーカーと会いましたか」
「…いや、会っていない。今もどこかで生きているかもしれない」


嘘だ。八重樫の思念からそれが読み取れた。ハイダにとっては無駄なはずなのに、意味のない嘘はつかないはずの八重樫。ハイダはその真意を汲み取り、敢えて追求せず、八重樫の嘘を尊重した。


「お二人ともブルーストーンの件に噛んでいたんですね。これは驚きです」
「どうあれ石を取り返した意味があったのはよかった。前にザルロフを取り逃したのも痛かったが結果的にアントラーとビオランテの討伐に役立ったのが救いだな」
「ブルーストーンがあんなに恐ろしい代物だったのは後から思い知りましたよ。やはりあの時どこかに捨てていてもレリックに回収されていたのかもしれません」
「あれを使ったのも瀬上と四ノ宮だというからどんな縁があるのか分からないものだ」
「そうですね」


八重樫とハイダは思い返す。二人にとってマイナスでもありプラスにもなった経験のクレプラキスタン。当時のそれらが今に繋がり、感慨深さを実感するのは不老長寿だからこそか。


「お二人共、全員揃ったみたいですよ」


捜索要員最後の一人、ガラテアが転移でやってきた。彼を捜索するにおいて、これ以上良い布陣はない。それでこちらの要員は揃った。


「運転、ダイスに任せますよ」


元紀の根回しで用意した車輌が停めてある。黒の乗用車で、目立たないようありふれた車種だ。既にキーは挿さっており、ガソリンも満タン。後は乗車するだけ。


「クーガー、運転してみるか?」
「やめておきます。使い方は解っても、情報の海だらけでは事故になりますから」


率先して後部座席に乗車したガラテアとクーガー。必然的に助手席に座る事になるハイダ。八重樫は運転席に座り、キーを回した。


「出すぞ」


何百年と生きてきた爾落人四人が、文明の利器に肖る姿は滑稽にも見える。だがそんな事を気にする者は誰もいない。生まれや能力、ポリシーは違っても、共通の目的のために集った四人。彼らは今、蒲生凱吾捜索のために出発した。



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