みぎうで


「本当にそれでいいんだな?」


ダイスとウォードがクレプラキスタンを発つ日が来た。ダイスの傷の回復を待ってからの出国だ。ハイダの暗示により負傷前と変わらないパフォーマンスを発揮できているダイスにウォードは心底喜んだようだったが、そのダイスからは思いもよらない決意を聞かされた一言だった。


「正直お前とはいつかこうなると思っていた。きっかけが何になるかと思っていたが、まさか女だとはな」
「俺が女のために変わったように見えたのか?」
「側から見ればそうだろう」
「馬鹿らしいな」


ダイスは一蹴した。本音だった。


「お前がやろうとしている事は荊の道だ。この世界は己がまともだと正義面している者が淘汰される」
「分かっている」
「決めたのなら仕方ない。長い付き合いだったが、充実した600年間だった」


ウォードはダイスに手を差し出した。今まで互いに困難を乗り越えてきた、互いに助け、助けられる事が多々あった相棒の手。


「まさか握手か?他人に自分の手を預けるほどお前は自信家ではないだろう」
「当たり前だ。だからこそ餞別だと思え」


二人は固い握手を交わした。これが最初で最後の握手だ。相棒でありながらも手札であり商売道具である手を預けるなど今まではあり得なかった。まるでこれが本当に最後であることを暗示しているかのようだった。


「自覚しているだろうが」
「なんだ」
「お前はこちら側の人間だ。人を殺す事に躊躇いはない。お前は善にはなりきれない」
「善になるつもりはない」
「…そうか。達者でやれ。何かあれば手を貸すのは保証する」
「頼む」


ダイスとウォードは別の道を歩む事になった。長年隣で相棒を務め、切磋琢磨してきた二人。そんな二人が別れたきっかけは唐突なものであった。


それからクレプラキスタンは立ち直った。米国の救いの手をはね退け、政治的手腕で自立した国家である。そこまで国を立て直し、ブルーストーンの新しい管理体制を確立させた。その功労者であり、アルのために尽力したサマターはその最期までクレプラキスタンに尽くし、生涯を終えた。これも全てハイダがサマターにかけた暗示によるもので、ダイスとウォードによる報復だった。彼の悲願を踏みにじり、自決すら許さない事により報復を達成させた形だ。


サマターにより骨の随に至るまで様々な手腕を学んだアルは自立し、独力で国を治められるまで成長した。彼はやがては婚約し、娘を設けたという。名はラウラ・クレニスタ。クレプラキスタンは再び戦火に巻き込まれ、試練が待ち受けているがそれはまた別な話だ。


ダイスは後年、祖国の日本へ戻り戸籍を買い、名を改めた。八重樫大輔。偶然にも元と同じ大輔という名前を拾えたのは、運がこれからの人生を祝福していたからなのかもしれない。戸籍上の八重樫大輔本人は既に他界しており天涯孤独、他人との交流がほぼなかったのも都合が良かった。特に周辺に怪しまれる事もなく都心に溶け込めた。


まず迷ったのは就職であった。今までの経験を利用していくにあたり職業は限られる。警視庁特殊急襲部隊か陸上自衛隊特殊作戦群の二択であった。が、それは実戦出動の多さを見越して警視庁へ入る事を決めた。八重樫はエリートとして堅気を演じるのには骨が折れたが、順調に出世して現場指揮官にまで登りつめる。出世において独身である事を危惧した幹部から見合い話を持ち出されたりもしたが全て断った。現場指揮官以上に出世するつもりはなかったし、何よりハイダを差し置いて自分だけが幸せになるなど以ての外だったからだ。人としての幸せを掴むよりも、自分にハイダに恥じない生き方を課す。今の五体満足は彼女のおかげであり、自分が生きている限り彼女のために動く。それが八重樫にとって当然の事で、それが優先事項だった。


後に東條凌、二階堂綾、宮代一樹との交流を得て、警視庁を去り共に民間警備会社へ転職。さらに北条翔子、月夜野京平、後藤銀河、ガラテア・ステラ、瀬上浩介、桧垣菜奈美、四ノ宮世莉など、様々な事件に共に事態収拾にあたり、邂逅、試練を経ていく。だがこれで今までの償いになるとは思っていない。


しかし彼女との再会は思いの外早く、クレプラキスタンでの邂逅から46年後のことだった。
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