殺戮者の遺産


「事務所以外に呼び出すとは珍しいな」


八重樫は翔子から呼び出されて喫茶店へ訪れた。当然だが席は喫煙スペースを押さえてあり、軽い手招きで呼ばれてみれば紫煙が漂っている。八重樫は大して気にするまでもなく席に着いた。


「煙草、苦手だったかい?」
「いや。使っていた時期があるがそれだけだ」
「禁煙したのか。それならなおさら悪いね」
「禁煙以前に俺は吸ってない。風向きを調べるために使っていただけだ」
「それは勿体ない使い方だ」


度重なる値上がりで淘汰された喫煙者達は電子煙草に走る者が増え始め、紙巻き煙草を吸う人間がめっきり減った。しかし意地でも彼女はライターを手放す事はない。持ち歩かないが翔子は時代に抗う真正のヘビースモーカーなのである。


「わざわざ外に呼び出すとはどういう趣向だ?」


翔子はスマートフォンと充電器を転移したが、さすがに電気まで飛ばすのは面倒なのかコンセントに挿して充電を始めた。その様子から八重樫はそれなりの長話になるのだと覚悟した。


「事務所には新人候補二人で留守番の練習をさせてるところだよ。電話番くらいはできないと」
「あまり聞かれたくない話か?」
「察しがいいね。実はちょっと変な話があってね」
「なんだ?」


翔子は話を続けた。


「依頼人と一緒にある島に出向いた時があったんだが…」
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