みぎうで


「お前、何者だ?この国で何をしている?」


大尉は陸軍仕込みの格闘術のファイティングポーズをとると不敵に笑う。両手の拳を目線まで上げた攻撃的なポーズだ。ダイスは大尉に答えず、重心を落として格闘術の構えに入った。右腕を折り曲げて脇を絞り、左掌を見せるように左腕を突き出す。大尉はダイスの型にはまらない構えを見て一層警戒を強めた。


「あぁ悪い。猿は英語が喋れないんだな」


大尉からは兵士としての経験から来る自信を感じ取れた。迷いのない立ち回り、姿勢だ。大尉も、謎の東洋人から感じる数えきれない死線を掻い潜ってきたであろう表情に用心した。


「このイエローモンキーが!」


安い挑発だ。こちらに最初の一撃を誘っているのだろうが魂胆が分かっていてはそうはいかない。大尉はカウンターが得意なようだ。乗らなかったダイスに、諦めた大尉は自分から仕掛け、左拳で殴りかかってくる。


「!」


右腕で受け止めるダイス。ミシリと骨が軋む感覚が突き抜けた。それでも努めて平常の呼吸と表情を貫き、打撃の直後で上半身のバランスの悪い大尉の体勢を崩そうと、膝を折って姿勢を低くしたタックルを見舞う。しかしそれを受け止めた大尉に腰を取られそうになるダイス。咄嗟に脇腹に噛みつき、大尉が悲鳴をあげながら解放した。


「…食い物くらい選びな」


肉を抉られ流血し、静かに怒る大尉は再び仕掛けた。内心腹を立てながらも冷静さを保ったまま殴り殺す勢いで打撃を狙ってくる。事実攻撃に躊躇いがなく、一撃一撃に殺意が込められていた。相当な修羅場を経験した無駄のない突き。ダイスは見切って寸前で躱すも、通信装置が持っていかれてしまう。


「これで俺とイーブンだな」


闘牛のような勢いで殺しにくる大尉に対し、体格で少し劣るダイスは鋭敏な格闘術に切り替える。大振りな一撃を最小限の動きで躱しながら、ナイフを振るうように細かい連撃を繰り出す。


互いの呻き声と空を切る音、打撃音が響く。二人は防戦を考えていない。むしろ積極的に攻撃を行なっている。まるで殺意と殺意が具現化し、衝突しているようだった。


「ぐっ…」


ダイスは倒すまでの過程を刻んでいく一方、大尉だけはダメージが蓄積されていく。偶に当たる大尉の殴打はダイスに受け流され、手応えはない。苛立っていく大尉を察知したダイスは決着をつけるつもりで掌底を顎に入れた。


「!」


直前に顎を引き衝撃を逃した大尉は脳震盪を起こさない。だが一瞬だけ平衡感覚を奪われるその隙を逃さず、ダイスは頭を右腕で抱えるとそれを支点にして壁を足で駆け上がりながら三角飛びを敢行した。頭部を首の可動域外へ曲げられた大尉は自分の身に何をされたのか分からないまま絶命した。


「……」


屈強な兵士だった大尉の絶命を確認するダイス。強かった、などと浸る慣習はない。名前も知らない敵を倒し、さらに次を倒す。それを繰り返す。ダイスは呼吸を調えながら隊員の武器や装備を回収して身につけると輸送ヘリの元へと急行した。
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