みぎうで
「あれを奪いましょう」
ハイダとダイスの前に戦車が出現した。目的は侵入者の排除。地下の隠しゲートから出てきたようで、砂埃の付着が酷い。動態保存は怪しいところだが問題なく稼働しているようだ。
「やめておけ。あれは足が遅い。空から狙われれば逃げ切れない」
侵入者に対し戦車を動員するのは些か大仰なのだが、鉄の籠に防護されていると気が大きくなるらしい。戦車は外付けの機関銃ではなく主砲をこちらに向けた。
『陥没させろ。地下は空洞だ』
ハイダは戦車周辺の地盤を崩した。地下の駐車場は広かったようで、警察署の残骸を少し巻き込んで大きな穴が空く。目の前から姿を消す鉄の塊。いつの時代になっても落下の衝撃による兵器の大破は変わらないものだった。
「もう一輌来るぞ」
戦車がもう一輌、崩落を免れた道路から出てきた。道路に散らばった瓦礫を履帯が巻き込みサーチライトで照らしながら索敵している。
「やることをイメージするんです。指示は必要ありません」
ハイダはダイスの思考を読むという。ちゃんと断ってくるあたりが律儀なところか。一分一秒が生死に関わる場面で言葉として発するまでのタイムラグを考えると最善な意思疎通だった。二人だけになった今はそれでいい。
「……」
その戦車の履帯を破壊し、外付けの機関銃を取っ払い、主砲の砲身を捻じ曲げる。ダイスがイメージした通り、ハイダは念力で実行してみせた。驚嘆するダイス。戦車は発射された榴弾が砲身で詰まって自爆した。
「いたぞ!」
「殺せ!」
爆音を聞きつけ、混乱から立ち直った兵士が集まってきた。もはや鎮圧用の隊服を着た兵士を手当たり次第に狙っているようだ。銃撃のマズルフラッシュがかなり多く、目測では人数を特定できない。相手にせず撒くのが得策だが、目前には先程の穴が広がっている。縁に沿って移動しようにも、索敵手段に劣る今、敵の詳しい配置はウォードに頼る他ない。
『対岸へ一気に跳ばなければ挟み撃ちに遭うぞ』
「先に行って!跳べば押し出します!」
ダイスはハイダに促されるがまま飛び出し、走り幅跳びの要領で穴を跳ぶ。従来ならこの大きさの穴を常人の脚力で飛び越える事はできない。だが文字通り念力の後押しを得る事によってそれは可能になった。
「!」
空挺降下とは違う、空を落ちているかのような錯覚。だが現実は緩い放物線を描きながら落下しているようなものだ。このまま受け身をとっても何がしかの怪我は免れないのではないか、そう思ったダイスに身体に制動がかかり、大分減速した状態で対岸に着地した。ダイスは転がりながら受け身をとり、多少の痛みに堪えながら縁まで匍匐で移動するとハイダの残る対岸へライフルを構える。
「今…何が起こった?」
「逃がすな!…うぉ!」
ハイダは兵士のライフルを取り上げた上で突き飛ばし、無力化した。数歩で跳躍し、自身も念力を付加させて飛距離を稼ぐハイダ。驚く兵士。戦意までは失っていない彼らはその無防備な背後を意地でも狙おうと、サブアームの自動拳銃を構える。案の定の展開にダイスは射撃して援護した。
「ハイダ!」
兵士の人数に対し手が足りなかった。どの兵士から射殺しても銃撃は止められない。射程距離の劣る武器でも、数を撃てば何が起こるか分からないのだ。ハイダにだって致命傷を与えられるのかもしれない。
『援護する。お前は左翼をやれ』
頼もしい、相棒の声だ。移動の最中でありながら狙撃の援護を買ってでたようだった。ハイダの立ち位置から役割分担した二人。
「どこからだ?!」
正確かつ、急所を狙う無慈悲な狙撃が兵士を一人、また一人と仕留めていく。二方向から数秒おきに飛来する弾丸に怯える兵士。狙撃とは極めて一方的な殺戮になるもので、対抗できる装備もなしに狙われた側はただ殺されるだけだ。次は誰の番か。今やハイダを狙おうとする者はおらず、必死に身を隠そうとする者しかいなかった。
「クリア!」
対岸まで到達したハイダはゆっくり制動をかけるとふわりと着地した。天から魔術師が舞い降りてきたかのような壮美な光景。時代や文化が違えば民衆を扇動して国を治められただろう。
「跳ぶ前に安全は確保しろ。この場で思念がどれだけ優位でも雑兵の一突きが致命傷になり得る。それだけ近代兵器は脅威だ」
どうやら自分だけが跳ぶ分には慣れている様子だ。この際自分の着地が雑だったのは咎めない。ハイダの意識を改めさせる。彼女が倒れれば自分の状況も危うくなるのだから。
「助かりました」
従軍していたとは言っていたが、ずっと昔の事なんだろう。きっとライフルが発明されるより前。もっと兵士と兵士が間近で命をやり取りしていたような時代。