殺戮者の遺産
同日、東京。今日の凌は休日で高校時代の友人と数年ぶりに会う。楽しみではあるが同時に複雑な心境だった。学生時代より交友関係は広い方ではなかった付き合いが今でも続いているのはありがたい話ではあるのだが。
「東條は新しい職場慣れたん?」
「確か…警備会社だっけ」
「うん」
「まさかボディガードとかしてるの?」
「たまにやってるよ。俺の部署は応援に行ったりするくらいかな。でもBGにあのイケメン俳優のドラマみたいな華々しさはないよ」
「なーんだ」
「普段は?」
「施設警備か他部署への応援」
「普通だな…」
「うん東條らしい普通さ…」
「どういう意味だよ」
それから並んで店に入った。凌は幹事を務める友人の名前で入店し、普通に座り、普通に飲み食いする。こうして隣で友人であり続ける彼をまさか生死の境を彷徨うような戦闘を繰り広げているとは言えない。やがて一行は近況報告や思い出話へと移行していく。
「もう俺達も33歳かぁ」
「おっさんだな。俺達も。部火鞍先生も馬鹿にできなくなっちまった」
「翔太は老けすぎなんだよ」
「貫禄があるって言えよ」
「東條は見た目変わらないよな。羨ましい!」
「そうかな?」
他意はないのだが少し刺さる。卒業後に分かった事だけど俺爾落人だったんだぜ!とも言えるわけもなくただ濁すしかできない。しかしそろそろ言い訳苦しい年齢でもある。だが凌が落ち着ける数少ない友人でもある彼ら。一般人である彼らをこのまま変わらないでいてほしい手前事実を言うつもりはなかった。
「俺はマイホーム買ったよ」
「35年ローンか?」
「あぁ。野原ひろしの苦労を大人になってから味わうとは我ながら感慨深いよ」
「青柳は三人目が生まれたんだっけ?」
「それ三年前の話だけど」
「さすがデキ婚は少子高齢対策に貢献しておられる」
「うるせぇ。少し前からは授かり婚て言うんだよ」
きた。この手の話題が一番刺さる。
「東條はいい相手おらんの?」
「いないわけじゃないけど…」
「お!誰だよ?」
結婚。爾落人同士ならともかく人間が相手となるとハードルが高い。愛する相手が一方的に老けていき、自分は衰えない。お互い気にしないわけがない。特に女性側だけが年老いていくなど本人が堪えられないはずだ。爾落人と一能力者にとって結婚とは互いの理解が求められる究極の契約と言えた。
「職場の同僚で同期なんだけど歳上なんだ」
「いくつ?」
「二個上」
「お前歳上の女王様に好かれそうな顔してるもんな」
「どういう意味だよ」
「泣かせたら良い顔しそう」
「良い声が出る」
「夜な夜な虐められてそう」
「…チガウヨ」
「「「図星かよ!」」」
皆笑う。凌も心から笑った。少しずつ俗世から離れていくと実感していく日常だ。最近は特にそう感じている。友人とは異なるであろう壮絶な人生をこれからどう歩めば良いのか。
「……」
友人と会えるのもあと何回か。数十年もすれば葬式にすら顔も出せなくなるはずだ。人とは違う生き方、殺されるまで悠久の時を生きる。それまで彼らを、綾を覚え続けていられるか。顔や声、思い出を。後で考えに更けられればいいのだが今の大切な時間にイメージしてしまい、目頭が熱くなった。途中から友人の話が頭に入らなくなっている。
「東條飲み過ぎなんじゃね?」
「あぁ…そうかもね」
「水飲め水。頼んでやるから」
「….ありがとね。みんな」
「おー泣くな泣くな!」
「お前泣き上戸だっけか」