みぎうで


「ダイス!」


ワーカーの銃弾はダイスの右手首を貫通した。ワーカーはハイダに向ける自動拳銃の照準を逸らさないまま、右手を押さえるダイスを信じられない面持ちでまくし立てる。


「おいおい!なんで俺なんかに射撃で負けてる?初めて出逢ったあの時みたいに完膚なきまでに俺より強い、完全無欠のダイスであり続けてくれよ!なんで!なんで数百年の付き合いの俺を撃った?!その女を取るってのか?お前は、いつからそんな腑抜けになっちまったんだ?!お前の本心は戦場にあるんだろ!」
「お前は勘違いをしている」
「勘違い?違うだろ。俺達ゃ戦争ジャンキーだ。銃撃戦、爆音の高揚感は忘れられねぇ。お前もウォードも俺も、何も違わない」
「お前は共に戦ってきて俺とウォードから何を学んだ?」
「学んださ!全てを!戦術、兵器の扱い、人の効率的な殺し方!俺はお前たちと肩を…」


瞬間、ワーカーは瓦礫の陰に飛び込んだ。ハイダに向けられた自動拳銃を、位置取りを変えたウォードの狙撃が弾き飛ばしたのだ。一瞬だが照準が外れたワーカーは咄嗟にハイダの目前から隠れた。ハイダはブルーストーンを一旦捨てると念力でワーカーを捕らえようとするが、既にワーカーは兵士や障害物を投影して撹乱しながら逃げ出していた。


「これは…」


まるで博物館の騙し絵のような仕掛け、距離感や方向感覚を狂わせる投影だった。至らず、逃亡を許してしまう。


「ウォード、見えてるか?」
『あぁ。だがここからでは狙撃できない』


ワーカーは自分が狙撃を受けた自動拳銃の弾かれ方から狙撃点を予想するとそれを避けたルートを走っていたようだ。


『殺した方が良かったか?』
「さあな。それが最善だったかなんて分かりやしない。今は離脱が優先だ」
「ワーカーを放っておくんですか」
「そうだ。これ以上敵地に長居するメリットはない」
『そうだな。その前に止血しろ、弾は貫通しているようだ』


ウォードの望遠と透視がダイスの患部を診る。


「ハイダ、念力で出血を止めてからこれを使え」


ダイスは医療キットを周りの遺体のバックパックから取り出した。使い方をダイスの思念から読み取りながら、流血に驚きもせず淡々と止血するハイダ。戦場慣れしているとは思っていたが、ここまでとは。


「血は平気なのか?」
「はい。これでも過去に従軍経験がありますから」
「お前がか?最前線で殺していくような風には見えないが」


再びライフルを持つダイス。だが右手には痛みが残ったままだ。このままでは戦闘に支障が出るかもしれなかった。


「暗示で右手だけ痛みを和らげろ」
「…はい」


暗示をかけようとダイスの頭に手を伸ばすハイダ。手が触れる直前、ダイスは反射的に手を掴んだ。


「!」
「妙な暗示はかけるな。一時的に痛覚を鈍らせるだけでいい」


ハイダは思案した。


「何故私を撃たなかったのですか」
「まだ作戦は終わってはいないからだ。脱出の可能性が減る」
「目的のためなら仲間を捨てられると?」
「…そうだ」


それなりの葛藤があったのだろう。思いを巡らせていたのか返事までの間が空いた。目的が一致している今となってはある意味一番信用できる回答と言えた。


「無茶をしないように。痛みがないことによって限界が分かりにくくなりますから」


ハイダはダイスの頭にそっと手を添え、暗示をかけた。右手を軽く動かし感触を確かめたダイスはブルーストーンを拾う。思念と捕捉。天秤にかければ優先される能力は明白だった。


「ウォード、合流するぞ」
『悪い報せだ。ブラックホークが二機接近中。ハンヴィーも見つかって破壊された』


それは撤退する足がなくなったと等しい意味だ。防弾性から使い勝手が良かっただけに悪い報せであった。


「敵は?」
『恐らくデルタフォース。装備のグレードが段違いだ』
「合流を急ぐ。足を奪うぞ」
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