殺戮者の遺産


「たまにはこういうところで食事も悪くないな?」
「しかし銀河殿、今後のお金の心配はしているのか?」


トルコ南西部アンタルヤ。世界有数の観光地にて後藤銀河とガラテア・ステラの旅は続く。南極決戦後も二人はこれまで通り世界を廻っている。国境を越える分にはアマノシラトリがあるため入国審査には全く困らない。万一職質される事態になっても二人とも簡単に切り抜けられるため自由気ままなものである。


「ちょっと食べすぎたかもな?ウエストがキツい。おっと」


銀河の少し先を歩いていたガラテアが立ち止まった。つられて銀河も歩みを止めた。ガラテアは流し目で闇夜を照らす街灯を見たかと思えば左翼側の路地へ振り向く。


「どうした?」
「…何かいる」


刹那、男の絶叫が轟いた。断末魔であるのは想像に難くない。ガラテアは走り出すと先程の路地に消えた。銀河も後に続くもすぐに立ち止まったガラテアの背中へぶつかりそうになり急停止。視線の先には3m級のゾンボーグが、傍らには既に事切れている男が血溜まりにうつ伏せで倒れている。


「銀河殿、下がっていろ」


ガラテアは猛禽な表情で駆け出した。初速から最高速度に達せる脚力が今までの戦闘から生き延びれた秘訣の一つか。ゾンボーグが右腕を伸ばしてガラテアを突き刺そうと振るう。ガラテアは身を軽く捩ってかわすと狙いが外れ、右腕は直線上にいた銀河へと迫る。


「うぉ!危ねぇ!」


銀河は辛うじて躱すと拳は地面にめり込みアスファルトにポッカリと穴を空けていた。右腕を引っ込めていくゾンボーグ。路地であるが故に射角が限られるため、並行になぎ払ってガラテアを迎撃する手段が使えない。


「…危ないな?」


腕を回収するゾンボーグに隙が生まれる。肉薄したガラテアは両手の爪を一瞬で伸ばすと右脚を切り刻む。さらに腹、胸と刻む回数を重ねていく。


「ふっ!」


膝裏まで伸ばした緑髪をなびかせながら繰り出される連撃。類稀なる戦闘勘から計算されたタイミングと軌道がゾンボーグの肉を削ぐ。ゾンボーグはその速さを捉えきれず残像のように動くガラテアを目で追う事しかでかない。


『ぐがぁぁあ!』


しかし懐に入られてやられっぱなしのゾンボーグではない。既に重傷を負ってしまったが一矢報いる闘争心は健在だ。少し距離を取って立ち止まったガラテアへその巨体で押し潰そうとうつ伏せで体勢を崩す。


「……」


しかしガラテアは斜めに構えたまま避けない。ゾンボーグは肩と一体化しているその顔面に笑みを浮かべる。


『ぐが!』


ゾンボーグは止めた。止めざるを得ない。ゾンボーグの腹は巨大な氷柱で貫かれていた。ガラテアは自分の目前に氷柱を生えさせると後はゾンボーグが突っ込むのを待つだけだった。土手っ腹に風穴を空けたゾンボーグは膝から崩れ落ちると氷柱を巻き込みながら横へ倒れる。


「終わったか」
「コイツはなんだったのだろうな。なんでこんなリゾート地のど真ん中に降って湧いたのか…」


ガラテアは氷柱を水に変化させ、さらに気体にまで変化させるとそこに残ったのはゾンボーグの死体だけだ。


「見ろ!」
「!」


ゾンボーグの死体から蒸気が噴き出した。有害物質の恐れがあるため銀河は真理の力で無害なものに変化させると落ち着きを取り戻し、顛末を見守る。すると死体は蒸気の量に比例して縮小していき、やがて半裸の男の死体に変わった。


「これは…!」
「一体どういう事だ?」


驚く二人。事態が呑み込めなかったが近づいてくるサイレンで我に帰る。二人は一度被害者の方の男性を一瞥したが、クーガーと違って何かを読み取れる二人ではない。やむを得ず警察から逃れるように一旦その場を後にした。
4/6ページ
スキ