みぎうで
「飲め。毒は入ってない」
「いいんですか?」
「いいんだ。さすがのお前も飲まず食わずではパフォーマンスが落ちるだろう。数時間後には戦闘になるかもしれない。今は休んでおけ」
先の会話の流れからは打って変わって配慮を見せるダイス。先の作戦を見据えてのことなのだろうが。それはそれ、これはこれということなのだろう。実際砂漠地帯の夜は寒く、現に肌寒さを感じているところだった。ダイスはインスタントコーヒーを淹れ、一杯をハイダに渡した。
「ありがとうございます」
「美味くはないがないよりマシと思え」
ハイダはアルミ製のマグカップに注がれたコーヒーを啜る。その色は真っ黒で、それに比例するかのように苦味が強い。ある程度の苦味が好みであったが、それを上回ってしまい思わず砂糖かミルクを欲してしまうほどだった。
「ミルクはありますか?」
「ミルクはない。砂糖があったが今はない。あの子供に盗まれたのかもしれない」
「…そうですか」
ハイダは我慢してマグカップに向き合った。ダイスは食糧を蓄えている箱から物色すると、ハイダに一声かけてから缶詰を投げて寄越す。
「これも食え」
「缶詰…ですか」
「コンバットレーションだ」
レーション。ストレスの溜まりやすい戦場において食事は娯楽であり、兵士の士気高揚を維持するために開発されたものだ。輸送面の観点から仕方ないとはいえ、缶詰めである質素感は否めない。
「中身はスパムだろう」
ハイダは受け取り、レーションの蓋を念力で縁を刻んでいき折り曲げた。缶切りで開けた状態と遜色なく開封した。付属品のブキで掬って口へ運ぶ。
「……」
ソーセージの腸に入れるべき材料を型に詰めただけのスパムは、とにかく味が濃い。当然温かくはなく、冷えきっているため尚更塩味が際立っている。一口の量はそうでもないはずなのだが完食する頃には喉がカラカラだろう。ハイダはコーヒーで喉を潤しながら完食を目指す。だがコーヒーの苦味も手伝い、味が何が何だか分からなくなってきている。こんなに酷い食事は久しぶりだ。だが食べ続ける。ハイダの性格的に食べ物を残すのはあり得ないのもあるが、何よりカロリーを摂っておかなければという意識があった。
それにしても現代の兵士はこんなものを食べさせられて飽きないのか。そう思ってダイスを見てみると、彼はレーションをナイフを使って器用に開けている。そしてハイダと同じくブキで中身を掬って食べ始めた。顔にはあまり出ていないが味にうんざりしているようで、少し人間らしいところが垣間見えた気がした。
そしてハイダの完食に気づいたダイスが、今度は厚いビニール袋に個包装された直方体のものを寄越した。ハイダはそれをキャッチする。
「これは?」
「チョコレートバーだ。これも食べておけ。腹は膨れなくてもカロリーはある」
「……」
軍用食において最早期待はない。ハイダは三方包装の端、つまりギザギザの谷間を割いて封を開け、頬張った。
「……」
口に広がったのは、チョコレートそのものとは程遠い、茹でたジャガイモのような味だ。それだけならまだしも、食感においてはスナックバーだった。それは咀嚼を重ねる毎に口内の水分を含み、ねっとりと糸を引いていく。とても美味しいとは言えない。こんなに不味いものは久々に食べた。腐っているのか、別なバーを間違って渡されたのか。バー本体を見てみるも、それは確かにココアらしきものが練りこまれた、見た目はチョコレート味のように見えるバーだ。ハイダの戸惑いの眼差しがダイスを襲った。
「なんだ?」
「これは腐っているのでは」
「ジャガイモの味がするのか?」
「はい」
「…すまない。腐ってはないが古いロットのやつだな。不味いだろう」
「はい」
軍用食におけるチョコレートバーは嗜好品として気軽に食べられないよう、わざと味は中の下以下に開発されていたのはハイダは知る由もなかった。
「何か代わりになるものを出そう」
ダイスは先程のジャガイモバー(仮称)に酷似したサイズのバーを投げて渡す。ハイダにはまるで爆弾を渡されるかの緊張感でバーをキャッチした。
「デザートバーだ」
デザート。聞こえは良いが怪しい響きだ。怪訝そうな表情のハイダ。軍用食のデザートとはこれまた胡散臭さかったからだ。中々踏ん切りがつかないのか封を開けようとせず、ダイスを一瞥するも無意識に睨みつける格好となった。
「どうした」
「デザート…バーとは?」
「砂漠バー。最近米軍に卸され始めたものだ」
やはり。
「まさか砂が練りこまれて…」
「違う。砂漠仕様の耐熱チョコレートバーという意味だ。味もジャガイモから大分改善されている」
だがこれがマシなものであるならば栄養は摂っておかねばならない。ハイダは渋々、だがそれは気取られない程度にしか出さず、封を開けてバーを頬張った。市販のそれとは些か食感が固い。如何にも添加物が多そうだ。
「……」
チョコレートは手に持った時は溶けず、頬張った途端に体温で溶けた。その技術には少し感動はしたが、味の方はそんなに美味しくはない。ジャガイモバー(仮称)よりかは遥かにチョコレートと思えるが所詮擬きなレベルの味だ。
「いつもこんなものを食べているのですか?」
この傭兵爾落人は三食これなのか。考えたこともなかったが食生活が原因で死んでしまうのではないか。同じ不老長寿として心配になってくる。
「まさか。非常時か敵を待ち伏せている時だけだ」
「だから飽きるんですよ。普段は何を?」
「伝染病の心配がなければ現地のものを食べる。自炊する時は野生のオオツチグモやサソリ、犬を捌いて調理する時もある」
「…はい?」
ハイダが掘り下げようとした時、部屋の扉近くの壁がノックされた。丸腰のワーカーが訪ねてきたのだった。
「邪魔するぜ」
「なんだ?」
「お前じゃない。ハイダに用がある」
「……」
「コーヒーいるなら持っていけ」
ハイダはワーカーに呼ばれるがまま部屋を後にした。ダイスはウォード達にもコーヒーを持っていこうと席を外した。