みぎうで
男は驚愕の表情のまま射殺された。何故なら頑なに拒んだはずのその名前が、見知らぬ女に看破されたのだから。さらにその理由を考える暇も与えられず、自分を拷問していた東洋人の傭兵に頭を撃たれた。
「結局殺すんですか」
「必要な情報を聞き出せたからだ。生かす必要はない」
「…徹底しているのですね」
「敵に容赦しない。それはお前も同じはずだ」
「……」
「乗れ。移動する」
死体を隠すと、拷問した男の事など最初からなかったかのように傭兵達はハンヴィーに乗ろうとする。しかしハイダはまだ引っかかることがあった。
「待ってください。あの建物の爆弾はどうするつもりですか?」
「放っておけ。解除は時間の無駄な上に、リスクに見合うメリットはない」
「…少し待ってください」
さすがにこのまま放置しておくのは気分が悪い。ハイダはセーフハウスの扉に両手を触れると精神を集中させた。扉の向こうを走るワイヤーを探っている風だ。無防備な背後を晒している。すると冗談のつもりか、ワーカーが散弾銃をハイダに向けた。その銃身を掴み、銃口を空へ向けさせるダイス。
「なんてな。面射なら逸らせないだろ」
「暴発を誘導できるんだぞ。冗談でも命取りになりかねない相手だ。気をつけろ」
「おいおい、あのままあの女の言いなりか?」
「言いなりになったつもりはない。少なくとも今は利害が一致しているはずだ」
ハイダは起爆ワイヤーを切断した。この短時間で、いつのまにか傭兵達に振り回されている事に気付いたのか、ため息をつく。
「便利な能力だ。羨ましいぜ」
「……」
戻ってくるハイダにワーカーが両手を上げ、参ったと言わんばかりのポーズ。明らかにハイダをからかっている。解除されたのを見計らい、爆薬を少し回収するスアレス。
「スアレス、持ち出すのはいいが起爆装置はどうする?」
「見張りから奪った腕時計を利用すればいけはず。ワーカーに作らせます」
運転席に座るベイルは全員の乗車を確認すると、ハンヴィーを出発させた。目的地は予備のセーフハウス。想定外での登場だが、長期の滞在を見越して他の場所にも拠点を作っておいたのだ。そして近場らしく、すぐに着くとのこと。よって傭兵達の心配は補給ではなく、クライアントだったサマターへの恨み節が炸裂している。
「ふざけやがって!あいつ、ぶっ殺してやる!」
「ベイル、お前は運転に集中しろ」
「あそこのセーフハウスを用意したのもサマターだし、まさかとは思ったけどよ…」
「こうなるとレコアの潜伏先をリークしたのもサマターかもしれません。米軍を使って俺達の口封じに動いたのかもしれない」
「そして保険でセーフハウスにも張っていたという訳か。身辺整理を終わらせてからこのこの国を牛耳るつもりらしいな」
「まだ若いアル・クレニスタを傀儡にすればそれは容易だろう。それが目的なのは最初から見当はついていたし、知った事ではなかった。だが俺達に手を出したとなれば…」
車内は沈黙に包まれた。傭兵達が何を考えているのか、ハイダは思念を使わずとも分かる。
「ハイダ、石の奪還だが俺達は喜んで協力しよう」
「報復ですか?」
「あぁ。引き渡す際にサマターを誘い出し、殺す」
復讐心に駆られる傭兵達にハイダは慄いた。結果的には利害が一致し協力させる運びにはなったものの、人間を最も突き動かす感情はどうやら怨恨らしい。
「止めてくれるなよ」
「止めません。それはそちらの都合なので」
「着いたぞ」
ハンドルを握るベイルが二階建ての建物の前にハンヴィーを停車させた。降車する面々。今度はダイスが中の人間を捕捉した。