殺戮者の遺産


南極。数ヶ月前にこの地で世界の命運を別ける戦いがあった。全世界の軍隊が集結し、爾落人・能力者勢も今まで歴史に関わった者が多数参戦した大規模な戦闘だ。精鋭の兵士、大多数のミステイカー、殺ス者「G」キラーザウルスと時空イリス、ガイガンの激闘は"機関"側が敗北。約八割の面積が壊滅した未確認生命体技術研究所は接収され、国連加盟国の平和維持軍が交代で警備にあたる事となった。最初はスウェーデンが担当、一ヶ月で任期終了。あと一日交代が遅ければノルウェー陸軍が壊滅という憂き目に遭う事はなかったのだ。


「メーデーメーデー!勢力不明の脅威によりーー」


助けを呼ぶ通信兵の頭は一瞬にして消し飛んだ。その他、無残にも原型を留めていない遺体が転がっており、雪原には流血の跡が雪を溶かしている。先程まで持ち主の体温を帯びていたためか外気温に反してかなり生暖かい。雪上迷彩の施された車輌は装甲がひしゃげており、襲撃者の怪力がどれだけの威力だったかを物語っていた。


「もうここは駄目ね。サンプルも何も使い物にならなくなってる。建物自体は復旧可能だけどもう価値はないわ」


防寒着を着たレディアは研究所から出てきた。周辺にはドス黒い皮膚をした赤い眼の兵士を複数人率いている。ゾンボーグ兵。異形なのは皮膚と顔だけで装備は通常出回っているものを着用している。これはミステイカーではあるが統率が執りやすく重宝している労働力だ。しかし駐留軍を壊滅させたのは彼らではない。ゾンボーグ兵は兵器を扱う事はできるが筋力自体は人間の限界を越える事は不可能なのだ。


「こんな寒いところ、早く帰りましょう……ネスパ?」


レディアはゾンボーグ兵以外の一人の同伴者に声をかけるが意識ここにあらずの様子だ。


「…まだ帰らない」


融合の爾落人ネスパ。その身に纏う深緑の化学防護服は米国の定める防護レベルBにあたる規格のものだ。アジア系の童顔は供給式の呼吸具によって顔の下半分が隠れてしまい今はその全貌を見せる事はない。絞られた袖からは厚手の手袋を介してあるものを探していた。


「この肉片を回収する。指示しろ」
「はいはい」


レディアはタブレット端末でゾンボーグ兵に指示を出す。ネスパにこき使われるのは気に入らないが今は彼の拠点に居候の身である以上波は立てたくない。悲願が達成されるまでどんなに惨めであろうと困難であろうと何だってやる覚悟があった。レディアはネスパの背後から忌々しく睨みつけた。


そのネスパの傍らに佇むのは全長数メートルの「G」。肋骨にあたる部位には黄色い発光器官と蛇腹状のグレーの皮膚が目立つ両脇、それ以外の全身はほぼ漆黒に染まっている。また頭頂部に生えた二本の触角が特徴的な他、鼻から口にかけて縦に伸びた別の器官が規則的にリレー発光していた。顔面の両目にあたる部位は角ばった突起物が露出しているがそれが視覚を司る器官なのかは分からない。その風貌の体躯が時折小刻みに震えてはネスパを守るように警戒している。その両腕は筋力が発達しており先程の駐留軍との戦闘で遺憾なく発揮されたようだ。


「ここにも落ちてる…」


レディアの足元にもピンポン玉サイズの肉片が落ちていた。幸いにも外気が低温だった事から腐敗しておらずサンプルとして回収する分には問題ない状態である。しかしその肉片からは異様な力を放っている気がした。決して触れてはいけない何か。人間が関わるべきではない超越者の力か。


「これは…!」


しかしレディアは魅せられてしまう。これを利用すれば悲願達成に近づけると根拠もなく予感していた。


「件の肉片をできるだけ回収してから撤収する。指示しろ」
「…チッ」


二人は後で知る事になるがここはイリスと「G」キラーザウルスの交戦跡地だった。
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