みぎうで


「!」
「馬鹿な!」


ワーカーとスアレスは驚愕した。自動拳銃の引き金が硬く、どんなに指に力をこめても引けなかった。安全装置は確かに外した。部品が歪んで可動域が壊れたわけでもない。まるで引き金にだけ見えない力が働いているようだ。


「最後まで聞いてください」


ハイダが諌めた。ダイスも皆を制した。


「落ち着け。報復が目的なら俺達はとっくに殺されている」
「…続きを話せ」


ハイダを警戒しながらも自動拳銃を収める二人。ウォードに促され、ハイダは続ける。


「起きたしまったことにとやかく言うつもりはありません。あなたたちが国王を殺害しなくても、他の誰かが実行したでしょう。結果的には今と同じく、ラシード派兵士がブルーストーンを持ち出し、それを利用して対爾落人の兵器を開発しようと企てている」
「なんだと?」
「連中がティーチンの中央警察署に潜伏していることを先程の街で確認が取れました。これから奪還に動くところです」


彼女にとって何がそこまで突き動かすのか。金で動くような風ではないし、自分に試練を課すような感じでもない。傭兵達が抱いた印象は、得体の知れない人物だということ。


「何故そこまでする?この辺りの出身ではないだろう」
「服は露出が少ないがな。ハハッ」
「私は第一に、長い目で見て脅威となり得るものに立ち向かっているだけ。最終的には自分のためです」
「……」


単独で動いているということは、ハイダはさぞ強力な能力なのだろう。尚更警戒を強めるワーカー。


「よく単独でそこまで調べられたもんだ」
「私は思念の爾落人。相手の意思を読み取ることは容易い」
「なるほど。敵意や殺意はお見通しって訳か。それに思念と言うだけあって念じて力を加えることもできると」


これで合点がいった。念力で銃の引き金を固定し、ハンヴィーの銃座も自分に向けられることがないよう可動域を限定していたのだろう。ハンヴィーそのものは念力でハンドルを操作し、さらにタイヤも回す。俗に言うテレキネシス。


「初対面の俺達によくそこまで話せるな。さっきは殺されそうになったんだぞ」
「こちらにも都合があるということです。実を言うと、あなたたちにも奪還に協力をお願いしたい」
「おいおい、俺達にヒーローごっこの趣味はないぜ」


ワーカーは大仰に驚いてみせた。目つきが一瞬だけ鋭くなったハイダ。彼女が何を言いたいのか、ダイスは見当がついた。


「それは断る。ハイダ、俺達は傭兵だ。暗殺したのは依頼を受けたからであってそこに政治的な思想はない。強奪に関しては間接的に関わっていたのは結果的に事実だと思う。だが奪還は俺達の知ったことではない」
「……」
「他に手段はあるだろう。所在まで分かっているなら在譚米軍にリークして回収させればいい。わざわざお前が出る幕ではないんじゃないのか?」
「いえ、米軍に押さえられても結果は同じです。むしろ米軍もブルーストーンを手に入れようと動いている。ラサットのベースキャンプを訪れた際、それは確認できました」
「かと言ってここの正規軍の手には余る案件ということか」
「そうです。まだラシード派の息のかかった者もいるかもしれない」
「俺達もラシードの関係者かもしれないんだぞ」
「それについては、先程確認がとれました」
「そうだったな。それが思念の爾落人というわけか」


こちらの考えたことが筒抜けとはやりにくい。これはこれで付き合いが難しい相手だ。そう思ったことも見透かされたのだろうが。


「私の能力は応用が効くのですが、そこまで戦闘向きではありません。恐らくは警備が厳重な根城を強襲するには骨が折れるかと」
「買い被りすぎだな。俺達の能力も本来戦闘向きではない。嘘はついても無駄だろうから言っておく。俺達は能力で得た情報のアドバンテージによる立ち回りとノウハウで補っているにすぎない。善戦しても人間の延長線上の範囲を出ないぞ」


今の言葉はダイスの本音で、事実だった。ウォードも補足する。


「協力してほしければ雇え。俺達が戦うには弾薬が必要だ。金、若しくそれに代わる物はあるのか?」
「…ありません」
「じゃあ、何で払ってもらおうかぁ?」


ハイダに手を伸ばすワーカー。それを制止するダイス。ワーカーはなんてなと呟きながら元の姿勢に戻る。


「ハイダ。依頼するにしろすぐには受けられない。まだ今のクライアントの契約が生きている。ほぼ間違いないんだろうが、クライアントとラシードが裏で繋がっていることになる。その場合石を奪還するとクライアントへの裏切り行為になりかねない」


ハイダは口を開いた。その声は、低い。


「…報酬は、今ここで私に殺されないことだと言ったら?」
「なんだと?」
「今なら、五人まとめて殺害する手段がいくつかあります」


車内は緊迫した。攻撃手段を封じられた傭兵に勝ち目はないだろう。それは全員が真っ先に考えついた。そう踏んでのハイダのブラフだ。


「そう言われると俺達は引き受けざるを得ない。誰だって命は惜しい」


驚いた様子のスアレスとベイル。視線がダイスに集まる。ワーカーも黙ってはいられない。


「おい!」
「だがいくつか条件がある。第一にスアレスとベイルは置いていく。この二人は人間だ。巻き込みたくはない。第二に奪還においては俺が指揮を執る。それにあたりお前の能力を把握しておきたい。思念がどのように応用が効くのかまでだ。どこまで手の内を明かすのかは自由だが、その分成功率が下がるのも考慮しておけ」
「いいでしょう。ですが指揮下に入るのは作戦開始からブルーストーンを返却するまでとします。それ以前と以後は従いません」
「それでいい。最後にもう一つ。作戦内外問わず一度きり、どれだけ非人道的な行為であっても指示通りに思念を使え」
「……」


ハイダはダイスが指揮を執るのに抵抗はなかった。むしろ先程までの状況を見ると適任だとすら思える。剣と鎧、馬がメインだった頃に比べると複雑化していく近代兵器に彼女はついていけていない。だからこそ彼を引き込みたかった。


「…非人道的とはどのようなことですか?」
「まだ決めてはいない。非人道的とは言ったが例えの話だ」


ダイスから邪な意思は感じられなかった。ここは乗っておくのがいいか。


「…いいでしょう。共に命を張るんです。あなた達の能力も教えてください」
「いいだろう」


ウォードから反論はない。ワーカーは何か言いたげだがダイスがイニシアチブを握った事に溜飲が下がったのか黙る。やがてハイダは思念を話し始め、ハンヴィーは街から離れていく。ヘリの追跡もなく、ようやく脱出できたようだ。既に陽が傾き始めた頃、米国陸軍も街の制圧が完了したようで部隊の撤退を始めていた。負傷者の回収や中破した車輌を徹底的に破壊し、引きあげていく。
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