みぎうで
「おいおい、どうするよ」
ダイスからトンネル入口を死守しろと言われたものの、二人の目の前には戦車が立ちはだかっていた。普通の人間なら詰みの状況だ。ボヤくワーカーとは対照的に、ウォードは冷静だった。
「今までダイスが実現不可能な指示を出した事があったか?」
「そりゃ…ねぇけど」
「つまりはそういうことだ。俺は古い付き合いだからこそ言えるが、ダイスは個人の能力、性格を見て無理のない判断を下す男だ。今回も俺とお前ならそれができると踏んでの指示だ」
「ったく、買い被りすぎだろ」
そう言うワーカーの表情は満更でもなさそうだ。憧れの男に応えるため、認めてもらうために尽くそうと思える。ダイスには傭兵としてそんなカリスマ性を感じさせられる。
「反対側からハンヴィーも接近中だ。こちらも戦車を出せ。射線上に誘導してエイブラムスの主砲で同士討ちさせる」
「ハッ、任せろ。だが成功させたとしてエイブラムスそのものはどうする?」
「そっちは俺が起点を作る。指示通りやれ」
「あいよ」
ワーカーはトンネルから出てきたかのように戦車を出すと、敵戦車前方の視界を塞ぐように停車させた。さらに主砲を向けて敵戦車の発砲を煽る。
「向こうの弾種は?」
「…HE弾」
「上等だ」
敵戦車は榴弾を発射した。反動をサスペンションで相殺し、損傷軽微。しかし榴弾はワーカーの戦車に当たるはずもなく、向こう側にすり抜けて友軍のハンヴィー近くに着弾した。爆風で横転させられるハンヴィー。それを横目で確認したワーカーは自分の戦車を爆散した風に投影した。
「……」
今度はウォードの番だ。狙撃銃を廃車のボンネットに置いて固定すると、狙撃態勢に入っている。
「……」
発砲したウォード。狙いは戦車の車体と砲塔の境目。つまりは運転席で操縦士が頭を出す部分だ。防弾ガラスの保護がない所で狙い目なのだが、あまりにも小さな目標だ。しかも操縦士はヘッドセットとゴーグルにより守られ、顔の下半分を狙うしかない。だがそれをやってのけるのがウォードという爾落人であった。
『馬鹿な!』
『レインが!』
『スモークディスチャージャー!』
操縦士は射殺された。それにより戦車は移動ができない。迂闊に攻勢に出られなくなった戦車は発煙弾を四方に撒き散らした。湧き出るスモークによって戦車周辺の視界は皆無だ。狙い通りの展開に、ウォードは狙撃銃をワーカーに任せると戦車に向かって走り出した。
『クソ!スモークがある内に操縦を交代しろ!レインを引きずり出せ!俺が警戒する!』
車長は戦車内から上部ハッチを開けると主砲同軸の重機関銃で周囲を警戒する。とは言っても視界は悪く、スモークを使ったのは良くも悪くもという結果だ。少なくとも狙撃の心配はない。しかし透視を使えるウォード相手では不利な状況であった。
『何も見えんか…仕方ない』
いつの間にか攻守が逆転していることを知る由もない車長。彼はウォードのサーマルイメージャーで体温から位置を特定され、ライフルによる正確無比な射撃で頭部を撃たれて殺害された。
『なんだ!?』
『車長がやられた!』
『馬鹿な!』
車内に残された砲手と装填手は恐怖した。すぐ近くに敵がいる。頑丈な装甲に守られているとはいえ移動できないのでは何をされるか堪らない。一刻も早く戦車を放棄して逃げ出したかったが与えられている小銃ではあまりにも心細かった。できれば車内にこもったまま応戦を続けたい。
『キャニスター弾だ!早くこめろ!』
『分かってる!』
装填手は対人用の砲弾をこめると、自分も付近にあるレール状銃架の機関銃を使って警戒する。だが相変わらず視界が悪い上に左翼側しか射角が取れない。だが構わず発砲した。銃声が少しでも威嚇になればと願って。
「……」
それを読んでいたウォードは右翼側から戦車まで到達した。ウォードは側面から車体を駆け上ると、車長が開けていたハッチから車内に手榴弾を放り込んで閉めた。すると一度きりだが大きな振動が戦車を襲う。しかしそれすらもサスペンションによって相殺され、控えの弾薬に誘爆することはなかった。戦車に大きな損害はない。だが乗組員を無力化することに成功した。
「……」
まだスモークが濃い。これを利用してワーカーの警戒するトンネルの入口付近まで戻る。途中、錯乱して襲いかかってきた民兵を始末しながら走る。
「中はもう終わったらしい。入ろう」
そう言ったワーカーと合流すると、銃声鳴り止まぬトンネルに戻っていった。