みぎうで


「スアレス、状況は?」
「繋いでます」
『…号車が奪取された模様。各車チャンネルをサブに切り替え指示を待て。付近のコブラは急行、四号車を排除されたし』


車内で通信を傍受するスアレス。チャンネル切り替えも対応し、引き続き傍受を行う。意識が戦場に向いている傭兵達を尻目に、女は窓から流れていく景色を鋭く、しかし光のない目で追っている。


「これ何号車だ?」


ベイルが呟いた瞬間、ハンヴィーが銃撃を受けた。外にはライフルを構えて組織的に撃ってくる米国兵員が敵意を剥き出しにしている。


「どうやらこれが四号車らしいな!」
「ワーカー、威嚇しろ」


ワーカーは射撃した。必要以上に狙いをつけることはせず、あくまで威嚇。兵員の目の前を通過する時だけの安全を確保できればよかった。思惑通り、弾幕の前に兵員は身を隠す。


「空から来るぞ。五時だ」
「コブラ。20ミリ(ガトリング)、TOW(対戦車ミサイル)、JM(ロケット弾)」


新たなる脅威。耳をつん裂くような回転音が後方から轟いている。車輌にとって天敵である自らの接近を堂々と宣伝してきた攻撃ヘリコプター。


「アレに撃たせるな」


対戦車ミサイル、機関砲を配した対地攻撃に特化したヘリ。正面からの被弾面積を軽減したスリムな胴体。空力計算が考慮された設計のそれは、ノーマルの巡航速度でピッタリとハンヴィーの後を尾けている。


「分かってる!」


ワーカーは実弾で射撃した。さすがにその顔は真剣そのものだ。ハンヴィーは今高層街を走行しており、それを直線で狙う攻撃ヘリの挙動は限られているため狙いを絞ることはできた。鳴り止まぬ銃声と共に、空薬莢が後部座席に流れてきた。


「あっつ!気をつけろ!」
「命があるだけありがたく思いな!」


怒鳴りつけるベイルとワーカー。その甲斐あって攻撃ヘリは一時的に射角から退避した。ワーカーはその隙に重機関銃の給弾をチェックする。


「スアレス!次弾用意しとけ!」
「スティンガーを使えばいいのでは?」
「もう少し開けた空間でないと外れる!いいからベルト寄越せ」
「左折しろ」
「どうした?」
「囲まれている。前方にエイブラムス、右翼にハンヴィーがいる。左翼ならレンジャーだけでスパイクはない」


ダイスはウォードに言われた通りハンドルを左に切る。すると待ち構えるレンジャー隊員による一斉射撃を車体にくらった。


「飛ばすぞ!」


ダイスはアクセルを踏み込んだ。進行方向は前進。後味は悪いが隊員を轢いてでもここを突破する。


「おいおい!」


銃弾の嵐の前に銃座のワーカーは堪らず車内に降りてきた。間もなく猛スピードに達したハンヴィー。止まる意思がないと判断したレンジャーは道路脇に退避し、ハンヴィーはバリケードを強行突破した。するとワーカーは再び銃座に戻る。


「……」


このタイミングで挟み撃ちとは運が悪い。それとも必然か。気のせいだとは思いたいが、まるで先回りされているかのような感覚だった。


「妙に連中の手際がいいな」
「まさか高高度から尾けられてるんじゃねえのか」
「それはない。真上に人はいない…いや待て、GPSかもしれない」
「あぁ、それに違いない」


GPSとは、人工衛星を利用する座標測位システムだ。米軍が十数年前から開発して今年から運用開始だと公表されていた。元々は航空機や船舶の位置を特定するためのものであり、リアルタイムで座標をモニターできる優れ物だ。これから車体に投影して偽装するにしろ早く破壊しなければ追撃は続くはずだ。



「ウォード」
「待て……見つけたが、車体の下に付いている。左翼後輪側だ。外すにしろ一度止まらないと」
「それなら前方のトンネルで止まろう」
「…中にはハンヴィーが封鎖している」
「なおのこと好都合だ。連中にSAWはあるか?」
「ない。だがトンネル手前の十字路左翼からエイブラムスが接近中だ」
「皆今から言う通り動け」


ハンヴィーはトンネルに突っ込んだ。待ち構えていたハンヴィーと適度な距離を持って壁際に停車すると、ウォードとワーカーはフル装備でトンネルの入口へ向かう。それ以外はナイトビジョンセンサーをヘルメットに装着した。


「死にたくなければ外に出るな」


ダイスは女にそう言うと、ベイルとツーマンセルで兵員を牽制する。敵の殺傷は二の次の時間稼ぎだ。兵員の武装は予めウォードの暗視により脅威度が高くないのは分かっていた。とにかくスアレスがGPSを外すまで皆が敵の足止めをするのが目的だ。


「狙えたら射殺していい」
「分かってる」


ダイスは敵方のハンヴィーの射手をライフル狙撃で排除した。一方のスアレスはカーゴスペース備え付けの工具箱を引っ張り出し、車体下に潜り込んだ。
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