みぎうで


ダイスはクラッチを蹴り込み、シフトレバーを一段階上げる。ギアチェンジでさらに加速し、住宅街を突っ切る。通過する際、民家の二階に潜む民兵から車体に銃撃をもらった。


「ざけんな!」


ワーカーは重機関銃の初弾のみ発砲し、後続の弾丸を投影した。言われた通りに弾幕を誤魔化すも、実弾を民兵にぶっ放したい衝動に駆られる。


「抑えろよ」


現状、米国陸軍から攻撃されるよりかは遥かにマシだ。さらにこちらから陸軍を攻撃しなければ、攻撃を受けることはない。むしろ民兵を攻撃し、友軍を装ってこのまま逃げられれば御の字だ。


「最短で避けられるルートは?」
「直進だ。広場を抜けろ」


ハンヴィーは時計台のある広場に出た。アクセルを踏みさらに加速させるダイス。ここを一刻も早く走り去りたい理由があった。至る所に感じる人、虫、動物の気配。そして一人、自分達以外の爾落人。


「ウォード、10時に爾落人だ」
「…それらしいのを見つけた。女、丸腰」
「無視だ。脱出を優先する」


ダイスにとってこの反応には覚えがあった。一ヶ月前のあの時だ。何を知られているかも分からない。関わらないのが得策だ。それに女はこんな国内情勢で丸腰である。武器もなしに自衛の術があるはず。放っておいても自力の能力でなんとかなる。とにもかくにも今は構う余裕はない。


「おい!」
「どうした?」
「左翼に射角が取れねぇ。フレームが歪んだんじゃないか?」


銃座の異変と同時にダイスは気づいた。ハンドルが取られ言うことを聞かない。腕の力で目一杯引き戻そうとするが固い。アクセルを離しても動力が生きており、シフトレバーをニュートラルに戻してブレーキを踏んでもハンヴィーは走らされる。まるで見えない力が車体に働いているようだ。


「何が起きているんだ!?」
「落ち着けベイル」


この事態は、ハンヴィーが女の目の前まで走らされたことにより、彼女の仕業だと分かった。


「あの女に引き寄せられているらしいな」


ワーカーは威嚇で重機関銃を向けようとするも、先程から女のいる方向に射角が取れない。やがてハンヴィーは女の前で停車した。いや、止まらされたと言った方が正しい。


「ロックかけろ!出すぞ!」


ダイスは発車させようとするも今度はブレーキがかけられ進めない。全員がドアにロックをかけるも、ベイル側後部座席のロックが勝手に解錠させられ、女がドアを開けた。


「失礼。乗せてもらう」
「おい、なんなんだ!降りろ!」


ワーカーとベイルが騒ぎ立てるが女は意に介さない。膠着すると見たダイスは仕方なしに指示する。


「言い争う暇があるのなら乗せろ。こんなところで議論の暇はない」
「おい!」


女は白のドレスと膝裏まで伸びた銀髪を翻すと何食わぬ顔で乗車した。納得がいっていない五人だが、ダイスは代表して女に釘を刺す。


「邪魔はするな。黙って座っていろ。ここを脱出するまで止まらないからな」
「分かっています」
「出すぞ」


こちらの考えを見透かしたような態度の女。それが能力による恩恵なのか、長年培ってきた観察眼なのか、そう振舞っているだけなのか。気にするのは後だと、ダイスは再びハンヴィーを発進させた。女による干渉を受けなくなったハンヴィーは元に戻り、広場を抜ける。
ここまでで街の脱出まで距離の半分を通過した。依然上空を押さえられ、地上には敵が散らばっているが突破の可能性は高い。しかしそれは、遠くから警戒していた兵員に目撃されていたことで狂うことになる。


「今の見たか?」
「あぁ。運転しているのも友軍じゃない。何人だ?」
「HQに報告しろ」
「了解」
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