みぎうで


ウォードとワーカーは自分の装備と、対物ライフル一式を担いで屋上に展開した。ウォードは射線を確保できる位置に陣取ると対物ライフルの二脚を展開、うつ伏せになる。ワーカーは屋上のコンクリートに似た柄の布を広げると、ウォードを上空から隠すように覆いかぶせた。


『スペクターよりHQ(司令部)、対空兵器を7割排除した。南東から北西より侵入可能』
『了解。各機、南西より侵入。タッチダウン後レンジャーを展開せよ』


ガンシップは街の上空を左旋回して砲撃態勢を維持。残りの対空砲や高射砲の報告を後続の部隊から待つ。早くも先手を打たれ劣勢の民兵と傭兵。この病院が見つかるのも時間の問題だ。
ウォードは周りの状況を気にせずライフルのスコープを目盛りで調整する。これは数日前倒した部隊から無事だったものを持ち帰ったものだったが、マガジンが少ししか確保できなかったためここで使い捨てるつもりだ。


「早くマガジンを寄越せ」
「待てよ」


一つきりのマガジンをチェックしたワーカー。しかし大口径のその弾丸の初弾には血が固まっており、とてもじゃないが装填はできない。


「あぁクソ、これだから鹵獲武器は嫌なんだ」


このライフルを回収したベイルのチェックが甘かったのだろう。他は優秀なのにこういうところが詰めが甘い。ワーカーは初弾を手でつまみ出すと唾で固まった血をふやけさせる。しかし時間がかかると踏み、舌で舐めて一気に潤いを取り戻したところで自分の野戦服で水分と血を擦り落とす。その弾丸を再びマガジンに戻したところでウォードのライフルに装填した。


「こういう地道なのはダメだな。ここまでしたんだ、ブラックホークを落としてくれよ」


今の一連の流れだけでもスムーズな仕事だったのだが、本人にとっては苦だったらしい。


「黙っていろ」


ウォードは集中していた。既に狙いを絞っていたライフルは引き金を引くだけの工程に入っている。


「……」


どれだけの手練れでも、狙撃における最大の障害は自分自身である。常人なら気にも留めない要因が、トップレベルのスナイパーにとっては最大の障害になり得た。しかも自分が生きている限りそれを止めることはできない。呼吸と心臓の鼓動の合間。そこだけしか何者にも邪魔されず、誤差なく引き金を絞れるタイミングだ。


「……」


さすがにワーカーもそれは心得ているらしく、黙っていた。声をかけるとすれば引き際を提案する時だけだ。ウォードはスコープに捉えたヘリコプターのメインローターを狙い、引き金を絞る。


鈍い発砲音と共に発射された弾丸はきりもみ回転し、空気抵抗をものともせず直進する。それはメインローターの根元へ吸い込まれるように直撃。回転部から火花が散った。するとウォードは結果を確認せず、ライフルを放棄するとワーカーと共に階を降りた。


『どうした?!』
『メインローターに過負荷が!航行不能です!』


それはほんの小さな一撃の筈だった。しかし精密な機材、パーツにとっては命取りになりかねない要素だ。そこから微かだが黒煙が上がり、亀裂はすぐにパーツ全体に広がる。



『パワーコントロールレバーを引け!不時着させろ!』


重装備のレンジャー隊員を乗せたままのヘリコプターは、機体をテールローターに振り回される。推進力を犠牲にして必死にバランスを保とうとホバリングを続けようとするヘリ。その際に何人かの隊員が振り落とされてしまい、やがて前のめりに地面に突っ込み墜落した。一部始終を透視で確認したウォード。


『HQ、ハイパー22が墜落した!ダウン!』
『了解。QRF要請。最寄りのハンヴィーは向かえ。チョーカー分隊は付近に降下し到着まで安全を確保せよ』
『了解!』


にわかにレンジャーが慌ただしくなる。仲間の救援に地上部隊の戦力が割かれるというわけだ。殺さず生かす、こちらの方が逆に手こずらせることができる。ダイスの狙いの一つだ。
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