みぎうで


レコア東部の街。


比較的砂漠感のないここは飾りっ気のないところだった。数十年前に建築された三階建ての民家が大半を占め、唯一、時計台がシンボルの街だ。ここにダイスと同じクライアントに雇われた傭兵と、ラシード派の民兵が潜伏している。街の一つが丸々根城になっていると言ってよかった。とは言え中には民間人がいるが、万一の場合空爆を避けるための人質として追い出すことはしなかった。


「飯、飽きたな。なんか面白ぇことねえのかよ」
「面白いことって?」
「もっと強い兵士と殺りあいたい」
「ハッタリならマシな嘘をついて」
「うるせぇ若造。デカい口叩くとぶっ殺すぞ」
「それもハッタリか?」


部屋でクライアントからの指示を待ちながら休息をとるワーカー達。彼らは病院を割り当てられており、最上階の一室を使っている。しかし病院とは言ってもそれとして機能していたのはずっと昔らしく、廃墟に等しい。窓ガラスは破られ補修はされておらず、代わりにつけられたブラインドが日差しを遮っているが外は無風で暑さは変わらなかった。僅かだが滲む汗が不快だ。室内も錆だらけの機材や砂埃が放置され酷い有様。そんな状況を尻目に仮眠をとるウォード。


「こんな環境でよく寝れるな。爾落人って皆そうなのか?」


もうこの環境に慣れたベイル。少し羨ましそうにワーカーへ漏らした。


「違うだろ。どんな環境でも寝れる図太さっても、兵士として大事なことだったりするんだぜ」
「そう…なのか?」


ベッドは黄ばみが目立ち衛生的には好ましくない。が、ここにいる爾落人は気にせず使いまわしていた。スアレスはベッドに横になっているが中々寝付けず無言で天井を仰いでいる。
悪い環境でも、これが彼らの平和なひと時であった。だがそれは出入口の割れた窓ガラスが踏みつけられる音でそれは終わる。


「ウォードを起こせ。皆武装して荷物をまとめろ」


別室で他のグループと情報交換してきたダイスが入室してきた。ベイルが仮眠をとっているウォードを起こす。肩を軽く叩いただけで覚醒したウォード。各々がベスト、帽子、ライフルのサイトやマガジンのチェックを済ます様子から事態を察して自分も支度を始める。


「ウォード、西から大群の人が向かっている。速度的に航空機だ。見てみろ」
「待て」


望遠と透視を使うウォード。彼は基本ポーカーフェイスではあるが、少し表情が曇った。その間にスアレスがウォードの装備の分まで用意を済ます。


「米軍の大部隊だ。スペクターガンシップが1、コブラが10、ブラックホークが3、増設型のリトルバードが7、乗員は装備から見てレンジャーだろう。地上にエイブラムスが8、ハンヴィーが17輌展開中だ」
「スペクターの武装はどうだ?」
「108ミリ榴弾砲」
「スアレス、元レンジャーの意見を聞かせてくれ」
「これだと既に衛星で偵察済みでしょう。恐らく対空砲の配置も把握している上での布陣。目的は掃討ではなく誰かの拘束かと」


衛星が目的地上空を通過する機会はそうそうない。ヘリだけならともかく地上部隊の移動時間を考えると半日ほど前から居場所が割れていたと見るべきだった。


「ダイス、これは明らかに分が悪い。単純計算でレンジャーが五十人以上、制空権を取られては殺しきれない」
「おいおい!そりゃねぇだろ!俺達ならやれるって!」
「他の傭兵にも情報を知らせろ。だが向こうの戦力を過小に伝えて奴らに応戦させるんだ。奴らを殿にしている間に撤退する」
「賛成だ」
「俺は水を持ちます」
「じゃあ俺はスティンガーを」


爾落人が三人いようと、物量と組織的な作戦行動の前には敗北を免れない。相手がただの人間であろうと、ここは生き延びるのが正解だ。民兵や他の傭兵を利用してでも自分達だけが逃げる時間を稼がせようというのが魂胆であった。


「ウォードはマクミランでヘリを落とせ。ワーカーも行け。必ず一機は落とせよ」
「あぁ」
「…あいよ」
「ワーカー、いい加減引き際を覚えろ。いいな?」
「分かってるさ」
「それと、米軍と関連があるのか分からないが、爾落人が一人この街にいる。警戒しろ」


ウォードとワーカーは頷くと屋上へ上がっていく。スアレスとベイルには分からなかった。何故爾落人を始末しないのかと。


「爾落人が一人であれば、三人がかりでやれば殺れるのでは?」
「能力によってはこちらが皆殺しに遭うぞ。特に俺達のような非力な能力だと太刀打ちすらできない。爾落人は人数や年齢で計れないんだ。覚えておけ」
「今の場合は遭遇しないのが最善だと?」
「そうだ。早く支度しろ。そろそろ始まるぞ」


ダイスの見立て通り、遠くで爆音で轟いた。窓ガラスが軋み、天井から砂埃が舞う。ガンシップが榴弾砲で対空兵器の排除を開始したのだった。
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