みぎうで
翌日。
ここは首都ラサットの空港である。一国の首都における唯一の空港とあって国際線が頻繁に往来する活気溢れる場所だ。しかし普通の空港と違うのは、現在は封鎖され、滑走路やハンガーには旅客機の代わりに他国の兵器群が駐機している点であった。その中には軍用ヘリコプター数機種が数十機、輸送機を改修したガンシップが一機、戦車や装甲車が十数台、ハンヴィーと呼ばれる高機動多用途装輪車両が数十台が置かれている。
今のここは同じ空港内に増設された米国陸軍のベースキャンプということになっている。空港を間借りする形をとっており、約九百名の兵員から構成される。ヘリコプターの飛行場や武器集積、各機動兵器を備えるここは、今から一週間前に急ピッチで建造されたのだ。
出入口ゲートはバリケードが設置され、サーチライト付の監視塔に鉄条網、歩哨と軍用犬が絶えず周りを周回している。実際に反対派の現地人が押し寄せたこともあり警備は厳重になっていた。
米国陸軍の狙いはアムリ・ラシード。元クレプラキスタン軍部責任者で、一ヶ月前に起きた国王暗殺を指揮したとされる主犯だ。彼は自分の一派の部隊、正規軍におけるおよそ四割とその装備を引き連れクレプラキスタン国内のどこかへ逃亡した。しかも彼の部隊は練度が高く、離反する際に残した兵器を爆破していったのだ。残された正規軍の弱体化と、国王暗殺による情勢不安で治安が悪化したのを見兼ねた米国が派兵したのがここのベースキャンプだ。ここの兵員達は、ラシードが潜伏しているとされる街を特定しようと夜な夜な家探しのローラー作戦を展開している。
「皆集まっているな?始めるぞ」
進展もなくくすぶっていたキャンプだが、今日になって動きがあった。上級士官クラスの兵員のみを集めた作戦のブリーフィングが急遽開かれたのだ。ここの責任者である司令官、大佐が取り仕切っている。
「情報筋によれば、第ニの都市、レコア東部にラシード派の民兵と傭兵が潜伏しているとのことだ。ここを叩き一網打尽にすると同時に指揮官を拘束し尋問、ラシードの居場所を吐かせる。
作戦はこうだ。まず敵の対空火力をガンシップの108ミリ榴弾砲で破壊、コブラの援護で口減らしをする。その後レンジャーがブラックホークとリトルバードで強襲、地上に展開して敵の何人かを拘束する」
レンジャーとは、米国陸軍の有数の柔軟性を誇る歩兵連隊だ。並より高い訓練過程をこなす、実質的なグリーンベレー養成機関とも言える部隊であった。
「なお、同時進行で地上部隊のハンヴィーとエイブラムスが街周辺を封鎖し、要請があれば即応部隊としてレンジャーの援護をしろ。ちなみにホーネットの要請は却下された。戦闘機による空爆は国際世論の観点から目立ちすぎるとな」
士官たちは落胆を隠せない。空爆の援護があるのとないのとでは大分心強さが違うのであった。
「中東の情勢が不安定な今、主力はイラクへ派遣されているが、ここの雑兵ども相手ではこれだけの戦力で十分だろう。だがレコア東部はラシード派の支配地域だ油断するな。作戦開始は1530、諸君の幸運を祈る」
ブリーフィングが終わると、士官たちは自分の部隊へさらに伝達を行いに戻っていく。だが一人の士官だけが司令官の前に残った。
「大佐、我々デルタの出番はないのですか?」
デルタフォース。米国陸軍の誇る特殊部隊である。グリーンベレーとは違う特性の彼らは、対テロ作戦や人質救出を担当する精鋭部隊だ。その指揮官、自信に満ち溢れている風な大尉が大佐に問う。
「マイヤーズ大尉、君達デルタには別の任務がある」
「といいますと」
「君は何故我が国が国際的に批判されようと国連より先んじてクレプラキスタンへ来たのか分かるか?」
「世界の警察としての下にラシードを確保し、公正な裁きを下すことにあります。と、それは建前であり中東における当面の石油利権の確保が目的であると思います」
「模範的だな。八割正解だ。実は参謀本部からあるものを回収してほしいとお達しだ。それは国王暗殺の際にラシード派の兵士によって持ち出され、今はラシードの根城にあるとされているこの国の秘宝、宝石だ」
「宝石ですか?そんなもの…」
「交渉で譲られるものではないから我々に非公式で勅命がきているのだ。ラシード確保は変わらずだが、それに紛れて回収せよ、とな」
「そのものとは?」
大佐は大尉に資料を渡した。数枚の紙が挟まれたそのファイルには宝石が展示されている写真が載せられている。
「ブルーストーンと呼ばれる秘宝だ。どのような価値があるのかは知らされてはいないが、ここまでしてるんだ。余程の代物なんだろう。我が国において何かの利用価値があるはずだ」
「人質の救出よりは楽な任務でありましょう」
「そうだ。中東の雑兵ども相手に遅れをとるデルタではないだろう?」
「当たり前です。ラシードにブルーストーン、任せてください」
「居場所が割れ次第デルタは出動だ。頼むぞ」