決着の日~2028~
少し前、現着した八重樫。しかし遅すぎたようだ。銃声は止み、ワーカーの独白が途切れ途切れに響いて聞こえた。それだけで凌が返り討ちに遭った様子が伺えた。
「…大したもんだが関…可動範…ら脅威じゃ…な」
ワーカーは自分の周りに壁を投影して狙撃を警戒している。ただ当てるだけなら問題ないがこのままでは凌へ誤射する恐れがあった。
「……」
もう少し早く行動していれば。もしくは凌を制していれば。何歳になっても判断ミスはなくならない。八重樫はこの場で早くも後悔した。
「さぁ、一瞬で逝ってくれ」
凌は間もなく殺されるだろう。悪手でも躊躇できない。八重樫はかつてそうしていたように、怒気をはらんだ声色でその名前を呼びかけた。構内に反響した発声は神託を告げるかの如くワーカーに届いたようだ。
「なんだと…ダイス!感動の再会はまだだ!」
八重樫の再登場にワーカーは少し狼狽えた。人生設計とは順番が違う事態が悔やまれるがまずは凌の射殺を中止する。自分を殺しに来るはずの八重樫へ銃口を移し次の展開へ備えた。しかし次に発せられたのは意外な言葉だった。
「俺とその男、人質交換といこう」
「人質?いらねぇよ!俺は撤退できればそれでいい!」
「ならそいつを殺す道理はないはずだな」
「ふざけるな!先に殺しにかかってきたのはあんたの仲間だろう。俺は応戦しただけだぜ!」
「責任は取ろう。そいつを殺す代わりに俺を殺せ」
「そんな!」
八重樫の言葉に我に帰る凌。既にしでかした失態を実感し始めていたがあまりにも大きな代償だ。
「分かってねぇな。ダイス、殺さないから武装を解け」
とりあえずはすぐに凌を殺さない流れに持っていけそうだ。かといって時間はかけられない。ここから八重樫は最短のアドリブで勝機を見出さなければならない。
「…いいだろう」
カービン銃の安全装置をかけると後ろへ放り捨て、続けてレッグホルスターの自動拳銃を真横に放り捨てた。そしてワーカーから死角になる腰のナイフだけは素知らぬ顔で温存しておく。武器の落下音を聞いたワーカーは壁の投影を一部解除し、直に八重樫を見た。
「ベストも脱げ。グレネードも残ってるだろ?」
「お前がまさか連中と組むとはな」
八重樫はボディアーマーを脱ぎながら問いかける。この際ついでに情報もとっておきたかった。ワーカーは八重樫のストリップを注視する。
「彼は同志でありクライアントでもある。それよりもだ。俺はあんたを解放するために動いてきたんだぜ」
「話が見えないな」
「今のダイスは本当の人格じゃねぇ。ハイダに書き換えられた偽モンだ」
「…何を言っているんだ」
「思念の力ってのはいやらしいよなぁ?人を操るために人格だって上書きできるんだからよ。俺のダイスはあの女のせいでつまらなくなっちまったよ。だが心配しなくても女を殺せばあんたは元のダイスに戻る」
「……」
「残逆な事件があればあの女はヒーロー面して出てくるだろ。そこを返り討ちしてやんだよ」
「…つまり、今日ここでの殺戮もあわよくばハイダを誘き出すため、ひいては俺のためだと?」
「そうだぜ!実際はクライアントの目的があったが達成する過程で殺戮できれば一石二鳥とやらだ」
饒舌になってきた。八重樫は下手に激昂させるような言動は控え、さらに隙を作ろうと会話を続ける。