決着の日~2028~
「…正直意外だった。俺と初めて出逢った時はお互い死ぬ寸前まで殺し合っていただろう」
月の光すらない闇夜の中、暗黒に近い周囲を火も焚かずに標的を待ち伏せる。傭兵として雇われたダイス、ウォード、ワーカーの三人は交代で見張りに立っていた。何時間経ったのか数えるだけ気が滅入る程経過しているが、ここが中世の欧州領某所で空気が澄んでいるのが救いだった。おかげで今も気を悪くするどころか半ば身体が浄化されている気がする。これが気が違える予兆なのかは分からなかったが。
「あの時は邪魔が入らなければどちらかが死んでいた。お前との縁は漁夫の利を狙った盗賊団のおかげだろう」
ダイスはロングソードを置く。鞘にまで手入れの行き届いた武器は彼が接近戦において元侍として引けを取らない活躍ができる立役者だ。
「そうだな…だが」
ウォードと八重樫の邂逅は穏やかではなかった。互いが敵対する勢力の傭兵として交戦。お互い弓矢による狙撃戦が長時間に及び、疲弊のタイミングを見た第三勢力が突如介入。利害の一致と共闘の必要性を判断すると瞬時に一時休戦を申し出たのが生死を分けた。今となっては笑い話だ。最初は敵同士だった爾落人が相棒兼ビジネスパートナーにまで昇華したのは殊更だ。しかし今の要点は二人の馴れ初めではなく、ワーカーとの出逢いだ。
「奴の時は殺すべき状況だったと記憶している。連れていってほしいと言ったのは奴からだったが…人手が欲しかったのか?」
だからこそ意外だったのだ。邪魔者もいなかったあの場では殺しておくのが遺恨なく収まったのではないか。ダイスには何がしかの打算があったのではないか。その疑問を胸に閉まっていたウォードだったが、今は補給に戻らせたワーカーの不在が後押しになり口に出していた。現に丸くは収まった感はあるのだが最初は脱走兵として追っ手と応戦した事がある。寝首を掻かれる危険もあるかもしれない。その労力に見合う何かがあったのか。
「それもある。違う価値観を持った爾落人というのも興味があったからな。だが一番の理由は…」
ウォードは見張りの視線を逸らさずに聞き耳だけを立てる。
「俺に似ていたんだ。自分の能力の劣等感に苦しんでいるのがすぐに分かった。それが原因で判断が甘い。このままでは遅かれ早かれ他の奴に殺されると思った」
「……」
「ワーカーの姿にかつての俺を重ねてしまっていたんだ。能力に苦しんでいるならそれ以外の戦闘技術で生き甲斐を教えてやりたかった」
「初対面でそこまで情が湧くものか。だから一撃で殺さなかったのか?」
「今となってはなんでそんな事までしたのかは分からない」
「……」
「息子がいれば…同じ事を考えて教育していたかもしれないな」
我ながら突飛な事を言ったがウォードは決して笑わない。ダイスの本気の言葉であるのは分かっているからだ。
「…それなら一生縁のない事だろう」
「そうだな。生業で人を殺すような爾落人に子育ては向いていない」
この会話を最後に爾落人を旅の仲間に迎える事はなくなった。