決着の日~2028~


一方の八重樫も陽動は続いていた。しかし凌が急襲したまでは良かったものの次第に傭兵側も押し返す兆しが見える。多少は後方に注意が逸れているが腐っても兵士経験者。目の前の脅威から完全に目を背ける事はせず、打開の機会を探っている。


「……」


その事は八重樫も薄々勘付いていた。こちらの銃撃が止まるタイミング、再装填の隙を窺っていると。傭兵は少し身を乗り出し銃撃を誘っているようだ。その目的は明白。奇襲で殺した傭兵が持っていたグレネードランチャー付きの突撃銃を拾おうとしているのだと。そのため無駄撃ちを誘い、リロードのタイミングで拾いに走る算段だろう。


「……」


再装填中に援護してくれる仲間はいない。今は多対一を切り抜けるしかないのだ。八重樫はセレクターレバーを単射に切り替え、銃声の回数を不規則に変化させて敵を牽制しつつ弾の節約に努めた。


「……」


こうなればいよいよ時間との戦いになる。あの武器を破壊できる術があればまだ持ち堪えられるだろうが実行できない。手榴弾を持ってはいるがここで使えば凌を巻き込む恐れがあった。


「おら!」


今度はワーカーが手榴弾を投げた。破砕か、閃光か、放物線を描きながら宙を舞う手榴弾を見分ける余裕はない。八重樫は掩蔽物に身を背けて退避した。


「行け!」


八重樫は捕捉で敵陣形から飛び出す傭兵を感じ取った。負傷覚悟の回収か。不可解な行動に眉をひそめるが、先程湧いて出た疑問を理解した。向こうも手榴弾があったのなら何故今になって使ったのか、答えが繋がる。


「くっ…」


フェイクだ。投影の手榴弾を使って人払いした隙に武器を回収する手筈だと直感した。投影の武装兵が通用しない捕捉に対して無機物を囮に使ったのだ。八重樫はスイッチする余裕もなく、武器を拾い上げた傭兵を射撃。咄嗟に狙えた脚を撃ち、そのまま頭も撃ち抜く。


「!」


だが安心したのも束の間、掩蔽物から覗かせた銃身を散弾に持っていかれた。八重樫の対応は読まれ、セオリーから外れた行動に誘導されたのだ。しかも生身の人間を使った捕捉込みの釣り。ワーカーに軍配が上がった痛恨のミスだ。


「くっ…」


八重樫が手放した突撃銃は床を滑り、拾う間もなく散弾を叩き込まれ損壊した。威力を通じて分かった事だが鹿撃ち用の弾を使ってきたようだ。パチンコ玉の大きさに相当する一粒が九つ詰まった弾丸。掠っただけでも部品の歪みは免れない。


「……」


メインアームの喪失は死活問題。例え死体から武器を拾えても残弾と互換性がなければすぐに詰む。持久戦を演じるために残された武器は心許ない。敵が攻勢に転じる動きを捕捉で察知した八重樫は自動拳銃を脚から抜いた。


「……」


引き際だ。ここは打ち合わせ通り撤退する。しかしそんな状況を読んでいたかのようなタイミングで事は動く。


「撃つな!同士討ちになる!」
「クソ!」


凌のフラッシュグレネード。瞬間、パニックになった数人の傭兵が我武者羅に発砲を始める。だがまだ冷静な者は残っていたようで、狙い通り自滅はしなかった。その間に凌は綾を連れて戦場を離脱。確認した八重樫はポーチから手榴弾を掴み取る。これで心置きなく使える。


「……」


手榴弾の安全ピンは大体が輪っかに成形されている。そこに人差し指を通して引っ張れば子供でも簡単に外れる。一撃で多数の人間を殺せる武器にしては安全装置がお粗末すぎやしないか。かつてそう考えた時があったがすぐに納得した。一瞬で命のやり取りを行う前線ではこれくらいで良い。


「……」


突然再会したかつての仲間への手向けはない。むしろ確実に死亡させるため、数個の手榴弾を時間差で投げ込んだ。


「!」


鉄芯が内部から弾けるような破裂音。一度目の爆破、銃声は止む。二度目の爆破、即死できなかった者の悲鳴。三度目の爆破、沈黙。辺りを熱風と鉄片が飲み込んだ奔流は生身の傭兵達を襲いズタズタに引き裂いたのだ。


「……」


捕捉で感じた敵の生存者は数人だ。いずれも即死できなかった可哀想な死に損ない。ワーカーも生きてはいるようだが虫の息だろう。多数の肉片が混ざり合った死体を前にして生存者を探す度胸も今はない。勝利条件は戦闘不能にするだけで良いのだから死にかけの敵に残弾を消費するのも現実的ではない。最後の爆破から数拍置き、八重樫もその場を後にした。
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