決着の日~2028~
「女を盾に使おう!急げ!」
覆せない戦況に狼狽える後方の傭兵。派手に暴れた以上長居は無用だ。遅かれ早かれ日本の治安部隊が突入してくるだろう。それと戦うのも一興だが消耗が激しい状況では楽しむものも楽しめない。焦燥は伝播し、なりふり構わずいられなくなった。
「おい待て。何か…」
綾を抱える傭兵は何か違和感を覚えた。一瞬だけ視線を向けた側面の消火栓が僅かに歪んだ気がしたのだ。まるで擬態していたカメレオンが痺れを切らして蠢いたかのような。だがそれを確認するため時間を割くにはあまりにも軽微な異変だ。
「女を前方に…」
これ以上の隠密行動には無理がある。そう判断した凌は最寄りの傭兵に忍び寄ると同時に光学迷彩を解いた。
「!」
ここにきてやっと凌を視認した傭兵。だが手遅れ。間合いに入った瞬間凌は身体を左に捻り、右腕に纏わせた光刃を振り払う。全身を巡る血液が腕に引きづられる余韻が凌の思考を鈍らせるが、足を緩めるつもりはない。光刃は防弾プレートを容易く溶断し、着用者の身体も断つ。その威力が空気をも焼き焦がしながら後方へ抜けた。ボディアーマーに収納されていたマガジンの炸薬に引火、小規模の火花を散らす。
「なんだ!?」
一人の傭兵が凌へ銃撃した。カービン銃の連射を凌は拾った防弾プレートを盾にしてやり過ごす。その傍ら、左手で拳銃の形を作った。人差し指と中指を伸ばして小指と薬指を折り曲げ、親指を人差し指から垂直に伸ばす、子供がごっこ遊びで真似るあれだ。
「敵襲!」
陣形ど真ん中に現れた凌を無闇に撃つ馬鹿はいなかった。先程はその死角を突いた銃撃だったようだ。傭兵はその存在に驚愕はしつつもマガジンをリリース、急ぎながらも落ち着いて再装填を済ます頃には光弾が胸を穿っていた。その威力はフルメタルジャケット弾に匹敵。貫通力に優れる反面破壊力は乏しいが連射速射、残弾底なしの数撃てば急所に当たるアドバンテージ。
「馬鹿な…」
未だかつて見た事のない光景に圧倒される。身に纏う装備は既存品であるものの、未知の力、人知を超越した能力を使う凌。あれがワーカーと同じ爾落人と呼ばれる存在か。しかし人体は人間と同じ構造をしている事は身近でワーカーを見てきて学んでいる。
「撃ちまくれ!」
マガジン一本分をぶち込めばあんなボディアーマーでも殺せるはずだ。最早思考らしい思考もできない他の傭兵は理にかなわない自信で混乱極まる思考を遮った。
「ぐぁぁ!」
「!」
凌はバネ仕掛けの人形のように唐突な動きで駆けると一人、また一人と斬り殺していく。間合いを許し、腕を振られれば最期。距離があっても指を向けられれば最期。こんな理不尽な‘‘武器’’を初見で使われては人は手も足も出ない。
「来るな!」
綾を抱える傭兵。その片手に握られる自動拳銃。凌は自分に向けられる金属の輝きを見た。向けられた銃口を躱すようになおも深く踏み込み、光刃の長さを伸ばす。
「なに!?」
今まで認識していた間合いの遥か遠くから迫る光刃。寸分違わぬ操作で傭兵の利き腕を斬り落とした。傷口は光刃が裂傷を与えると同時に焼き塞がれ、遅れて激痛が走る。傭兵は落下した腕を反射的に拾おうとするも自分の腕はないのだから掴めない。迫った凌は傭兵を左手で突き飛ばし、壁に背中から激突したその身に光弾を浴びせた。
「っと…」
凌は入れ替わりに綾を抱きとめると右手を傭兵達にかざす。凌が右手から顔を背けた途端眩い閃光が周辺を照らした。天然のフラッシュグレネードだ。交戦中だった全ての傭兵が凌を注視する中、効果は絶大。目眩しと同時に八重樫への合図にもなる。