みぎうで


その日の夜。


クレプラキスタンに入国して早一ヶ月と十日。傭兵としてここに来たわけだが、この国は娯楽が少ない。そこが目下の課題だった。決してない訳ではない。現にベイル、スアレスは現地の娼婦を抱きに駆り出しているし、ワーカーは他の傭兵グループと賭けをしに行っていた。質は落ちるが酒とタバコだってそれなりに流通している。ダイス本人も元から息抜きを必要としない性格だ。


では何が問題か。それはウォードにある。彼の娯楽は限られている。タバコは狙撃で使うが吸うことはない。思うところがあるのか娼婦に興味はない。透視を使えるが故に賭けもつまらないし、仲間も誰も乗らない。すると必然的に酒が娯楽になってくるわけだ。唯一の救いが酒にこだわりがないことだった。適度に酔えればそれでいい。


「今日はお前が飲め」


拠点に二人で残るダイスとウォード。ダイスはそう言って小さいボトルに入った酒を差し出した。受け取るウォードはボトルを直でラッパ飲みし始める。


「悪いな」
「いいんだ。今日もご苦労だった」


傭兵として出向先で潜伏中は二人同時の飲酒は控えていた。必ずどちらかがシラフで警戒する。それが二人の暗黙の了解である。だがウォードにスナイパーをさせた時は優先して飲酒を譲っている。


「……」
「……」


二人は友人であり対等な関係だ。戦友、ビジネスパートナー、相棒。お互いが右腕と言っても差し支えない存在だった。ダイスはウォードに一芸に秀でた技術とそのプロ意識に敬意を払っていた。対するウォードも広く深く戦闘に精通するダイスに敬意を払っている。そんな二人共通の楽しみがあった。


「収穫があったぞ」
「あれか。調達が容易いな」


ダイスは獲ってきたサソリが入った容器を出した。深い藍色の体表でイキがよく、容器の中で十数匹が蠢いている。二人はサソリを素手で掴むと、毒針のある尻尾の先端部分のみをナイフで切り落とし、一匹ずつ口に運ぶ。


「……」
「……」


ザラザラした舌触りの殻を、歯で押し潰す。殻は案外柔らかく、一噛みで身まで到達し、適度に湿った繊維が口内にぶちまけられる。これに含まれる水分が、海老と似た旨味を出していた。殻で喉を傷つけないよう、十分咀嚼して堪能すると飲み込んだ。まるで海老そのものを殻ごと食ったかのよう。魚介類を食べているわけでもないのに、やみつきになる。高カロリーで味もよく、二人は昔から重宝していた。


「相変わらずの旨さだ」


サソリと言われれば尻尾に猛毒を持っていると思われているのが一般常識だが、実際のところ大型哺乳動物を死に至らしめるそれを持つ種は25種類だけであった。それさえ把握していれば食べることに抵抗はない。慣れていれば。


「いつもすまないな」
「いいんだ」


仲間の息抜きを考えるのも指揮官の仕事のうちだ。ダイスはウォードの指示のもと、捕捉を使って食べられる動物や虫を捕まえてた。最初はウォードしか食べなかったが、ふとしてから一緒に食べる度、ダイスも味覚がウォードに寄ってきていた。


「昨日で犬肉は尽きたからな。ちょうどよかった」
「また締まった赤肉を食いたいところだが」
「まったくだ。犬を捕捉したらすぐに知らせる」


各々が明日のために充電しながら、夜は更けていく。
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