決着の日~2028~
「ガハドからの応答がねぇ。用心しろ」
撤収にかかるワーカー一行は敵襲を想定しながら階段を降りてきた。斥候を歩かせ、挟み撃ちを警戒して後方にも仲間を配置する。まだ意識が戻らない綾の運搬に一人割くのは仕方ないが、その代わり陣形で一番安全な真ん中を歩かせる。
「……」
八重樫は最前列を歩く斥候を目視した。ここは一階エントランスへ続く直線通路。通常のビルより横幅が広く、照明が落ちて薄暗い。八重樫は敵の進行方向10時に潜む。
八重樫はうつ伏せになった。突撃銃を床に固定すると照準器で敵の装備を目視、大まかな脅威度を計る。要は最初の一撃で誰を優先して殺すかだ。その際にワーカーの顔が一瞬確認できた。一人だけ覆面を外していたのは余裕の表れだろう。作戦行動中の集中力が持続しないのはクレプラキスタンの時から変わらないらしい。
「…クソ」
ここは爾落人を優先で殺すのがベターだが、陣形やや後方を歩いているワーカーを狙うにはタイミングを掴まなければならない。その間にも距離は数十メートルまで縮まっており、その分接近を許せば不利になりかねない。ここは軽機関銃持ちの斥候を先制攻撃する。
八重樫は突撃銃のセレクトレバーを親指で単射モードに合わせる。照準器真ん中に表示されるドット型の赤いレティクルを斥候の頭に重ね、鋭く息を吐き出した瞬間引き金を引いた。
「!」
「敵襲!10時!一人ダウン!」
銃声とほぼ同時に斥候は頭から床へ崩れ落ちた。構内に響いた銃声は反響し八重樫の居場所を隠したが、マズルフラッシュと死亡者が弾丸を喰らった方角から大まかな位置を特定されてしまう。続いて八重樫は掩蔽物から離れていたグレネードランチャー持ちの傭兵を仕留め、突撃銃を三点射モードへ変更。数回牽制がてらあわよくばカービン銃持ちの傭兵を狙う。
「ランス死亡!」
残りの傭兵は身を隠し、八重樫の不意打ちは終わった。続けて八重樫は敵陣形後方から接近する凌への誤射へ配慮しながら敵の注意を惹きつける。反撃の銃撃を浴びるが掩蔽物を盾に凌ぐとまだ二発だけ残っていたマガジンをリリース。腹部のポーチから替えのマガジンを取り出すと銃へ装填しなおしてハンドルを引いた。
「クソ!全員逃げたんじゃねえのかよ!」
毒づく傭兵を余所に八重樫は敵銃撃が少し緩んだタイミングで再び牽制射撃。今度は狙いをつけず、銃口だけを敵に向けて出鱈目に撃つ。マズルフラッシュに警戒した一行はとりあえず掩蔽物に退避してやり過ごし、マガジン交換を済ますと反撃に転じる。
「……」
凌は光学迷彩で姿を消すと徐々に敵陣後方から距離を詰めていく。綾を拘束する傭兵を目指し、間違っても足音を立てずに慎重に接近。一回のみの奇襲のチャンス。失敗はできない。
「行け行け!クソ!」
「……」
八重樫は銃撃の嵐をやり過ごし、捕捉で敵味方の位置を把握しながら効率的な射撃を行う。接近しようとする傭兵がいれば牽制、短時間だけだが敵陣の行動をコントロールしている。しかし残弾はそこまで多くはない。早いところ凌に行動してもらいたいところだ。