決着の日~2028~


安全圏まで上昇した岸田機はひとまず市街地上空を飛行していた。途中、迎撃ミサイルが飛んできたが一樹が電脳でコントロールを掌握すると自爆させた。さらに航空管制レーダーにクラックして機体の存在を消すと民間機とニアミスしないコースを取る。気を紛らわす岸田がマニュアルで操縦を続けた。


「これでとりあえずは大丈夫よ」


機内では験司と丈が引田から正式な手当て受けていた。また他の面々も疲れ果てた様子で座り込んでいた。無理もない。ようやく死の恐怖から解放されたのだから。中には同僚の突然の死に涙し放心状態の職員もいる。験司は引田に礼を言うと操縦席へ移動する。その際目が合った歩が気まずそうに俯いた。


「岸田、あと何分飛べる?」
「五時間弱ですかね」
「都市部から離れて飛び続けろ。万一撃墜されても地上への被害があまり出ないところだ」
「了解」
「宮代、空中給油のアテはあるか?」
「…圏内にUAV型はないですね。電脳じゃ無理です」
「なら着陸点を探してくれ。なるべく逃走に都合の良いところだ」
「はい」
「蛍、生存者を保護してくれる関係機関を探してくれ。信用できる施設だ。敵が正規軍のオスプレイを用意できたあたりどこまで息がかかっているの分からねぇ」
「分かったわ」
「……あと宮代」


矢継ぎ早に指示していた験司だが急に歯切れが悪くなる。


「二階堂の件だが…」
「験司…」


要件の察しがついているのか、蛍も申し訳なさそうに一樹に向き合う。


「すまなかった。見殺しにするような真似をしてしまった」


一樹に詫びる験司。しかし一樹は予想以上に軽い返事だ。


「綾さんなら大丈夫」
「なに?」
「敵はあの人を殺すメリットがあまりないし、殺されてさえいなければどうにでもなっちゃいますよ。力を使った瞬間も見られてはいないはずだし回復する時間さえあれば自力で切り抜けられる」


一樹は本当に気にする様子もなくコックピットの装置を操作していく。その様子に験司は面食らう。


「今の時点で八重樫さんが異変に気づいてるはずだし、現状の戦力で無理のない作戦を立てられる。それを実行力のある凌がやるなら救出はできますよ。連絡が取れれば援護要請があるかもだからUAVは待機させておくつもりだし」
「…そうか」
「それに験司さん、あのタイミングで離陸しなければ確かにオレ達は全滅してた。誰も責められませんよ。ねぇ歩さん」
「なに?」


験司が振り向くと歩がいつの間にか操縦席まで来ていた。蛍は一樹が言いたい事を代弁してくれたのか、力強く頷く。キャビンに座っていた蓮浦、引田、首藤らもそんな事は分かっていると肩をすくめた。歩も申し訳なさそうに口を開いた。


「僕は少しでもリーダーの判断を疑ってしまった。現実的思考なのは自覚しているけど部下失格です」
「そんな事はねぇよ。あの状況で功労者を見殺しになんざ普通はできねぇ。正常なリアクションだ」


歩が兄より丸い目を凝らす。その膨よかな体格の後ろからひょっこりとコンドウが顔を出した。


「これだけ情報が少なくて危険な状況でもリーダーは助けに戻ってきてくれた。それが僕達にとってどれだけ頼もしかったか」
「コンドウ、俺を忘れとらんか?」
「そうだった、忘れんがな月彦もな?」
「おいコンドウェ…」
「どれだけ先が不安でも、験司は毅然とリーダーシップを執って、ね?それが皆の願いだから」


蛍の最後の言葉に験司は表情が破顔した。しかし涙腺が緩むのはプライドが許さず、左腕で顔の上半分を覆ってみせて誤魔化す。蛍もそれを察すると身振りで丈とコンドウを下がらせ、操縦席の扉を閉めた。


「馬鹿野郎…お前ぇら…」
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