決着の日~2028~


「クソ!」
「おいディーンの奴はどこだ?」


バリケードを突破した傭兵達だったが僅かに遅かったようだ。大柄な隊員一人を負傷させただけでティルトローター機の離陸を許してしまう。その上味方の機体は墜落してしまった。


「逃げられた上に退路がなくなった。どうすんだ?なんでディーンの野郎墜落なんてしやがった!」
「奴のオスプレイがなけりゃどう逃げんだ」
「大した問題じゃねぇ。逃走には地上の車輌を奪えば良い。問題は仕留め損ねた事だ」
「逃げた連中はどうすんだ?」
「この手は使いたくなかったがアテがある。お前ら黙ってろよ」


ワーカーは左耳に装着した通信端末を操作すると数コールで相手と繋がった。良好な感度を向こうのオペレーターが把握したのか、やや早口な口調で名乗る。


『こちらアーレイ・バーク級72番艦JQアダムズ』
「こちらは‘‘特務隊’’所属のハドソン・サンダース少佐」
『お待ちを…』


女性オペレーターに促され通話相手が代わった。今度は壮年の男性で貫禄のある声だ。


『私はJQアダムズ艦長のシェーン大佐だ。上層部から聞いている。緊急事態だな?』
「はい。SM-2(迎撃ミサイル)の緊急発射を要請します。目標は新宿区を飛行中のオスプレイJSDF機」
『…自衛隊機か?』
「はい。しかし乗っているのは「G」肯定派政治犯の自衛官です。逃せば我が国への脅威となる」
『了解した。捕捉次第撃ち上げる』
「感謝します。艦長」


JQアダムズはヘッドが保険で用意していたイージス艦だ。横浜に停泊させていた艦に戦闘配置を指示して待機、万が一に備えてワーカーに与えられていた攻撃手段だった。かなり強引な手の上、目撃者も少なくないだろう。それでもヘッドにかかれば揉み消しに苦労はないが傭兵としての信用が落ちる。受けた依頼をこなせなかっただけではなく結局はクライアントに泣きついているのだから。これは報酬の返金も考えねばならない。


「撤収用意だ。愚図るなよ」
「おいおい白兵戦仕掛けた意味ないだろ!」
「実戦を楽しんだ。それだけでもお釣りがくるだろ」


仲間を宥めるワーカー。ヘリポートを見回し標的の痕跡や鹵獲できそうな武器を探す。


「ラッシュは転落死したようです。死体が地上にあります」
「阿呆が。マヌケな死に方しやがって」


ワーカーは無傷で倒れていたへ綾へ目が止まる。仲間も不審に思ったらしく生死を確認した。


「この女、意識はないが生きてるぞ」
「とりあえず殺すか」


銃口を向けた傭兵をワーカーが苛つきながら制止する。単細胞な人間はやはり馬鹿ばかりだ。


「殺すな!情報を持っているはずだ。連れてけ、ボディアーマーは脱がせろ」


傭兵は綾の両脇を二人掛かりで抱えて起き上がらせると籠手や脛当てを外していく。比較的微弱な能力なのが幸いしたのか、ワーカーは綾をただの人間だと思っているようだ。綾は目隠しをさせられ結束バンドで後ろ手に拘束、脚を引きずられながら連行されていった。


「しかしコイツは何者でしょう」
「明らかに自衛隊の部隊じゃなさそうだが」
「本当に連れて帰るのか?おいワーカー!」


綾の処遇にはやはり否定的な意見が多い。こんな人間を上手く転がすには他の利点を提示すれば良い。


「保険だ。標的の行き先やコイツの所属を喋らせる。コイツを餌に標的の身柄を交換させる事態もあるかもしれないだろ。なに、口を割らなければ身体に聞くまでだ。楽しみにしてろ」
「アジアンビューティーてやつか。確かにこの女綺麗な顔してやがる」


傭兵達は下衆な笑いをあげながら元来た階段を引き返していった。ワーカーもヘラヘラ笑っていながらもそれらが仲間に向けた嘲笑であるのに皆気付かなかった。




「終わったようだ」


八重樫と凌は地上で見張りの二人を倒し、ヘリポートへの階段を上がろうとしていた。だが敵機の墜落の衝撃で進行を遮られ三階へ退避、岸田機の離陸を持って進行を中断する事になる。


「予定通りやり過ごすぞ」
「…はい」


生存者の脱出に成功。後は降りてくる傭兵と爾落人を隠れてやり過ごすのが賢いやり方だ。無闇に交戦するリスクは避けたい。しかし八重樫だけは捕捉で事態の悪化を察した。


「どうやらトラブルだ。二階堂が敵に捕まったらしい」
「え?」
「爾落人と一緒に移動している」
「そんな…」
「すぐに殺されなかったところを見れば拉致して尋問するつもりだろう」
「……」


凌は思考が纏まらなかった。綾を失う恐ろしさに視線が泳ぎ、激しい動悸が襲う。それは他人から見れば気づきにくい動向であったが、見かねた八重樫は現実に引き戻すため要点を力強く答えた。


「二階堂を助けるぞ」
「!」
「チャンスは連中が防衛省に留まっている今。場合によっては敵を全滅させなければならないができるな?」
「はい!」


八重樫の脳内では既に作戦が組み立てられている。イメージを凌と共有し、短時間で相違ないブリーフィングを行う。凌もこれまでの積み重ねから信頼する八重樫の指示を頭に叩き込み、会敵に備えた。
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