決着の日~2028~
「遅いな、岸田は」
「そうだね兄者…」
「このままではダイゴロウのリアタイ視聴に間に合わない」
「いやあんたら他の心配した方がいいよ。突如消えたUAVとか」
丈と歩、首藤も待ちぼうけていた。動ける人手で下の階から持ち出した機材で階段への出入口にバリケードを構築していた。後は足止めの機関銃手が退避してきたら積み上げた機材を崩すだけだ。
「あれは…」
東の空を警戒していた蓮浦が目を凝らす。肉眼でぼんやりと接近してくるティルトローター機を捉えた。待ちわびた岸田かもしれない。
「オスプレイ接近!」
「岸田か?」
「まだ分かりません」
それを裏付けるように双発のローター音が聞こえ、機体のサーチライトでヘリポートが照らされた。垣間見えた操縦席の窓からは岸田が真剣な表情をしているのが確認できる。
「来たぞ!」
「やった!」
歓喜する一樹とコンドウ。蓮浦と首藤が用意していた発火発煙筒をヘリポートの四隅に置くと、機体は着陸態勢に入った、両翼の回転翼を上部に向けゆっくり降下していく。
「岸田がこんなにも頼もしく思う日が来るとは」
「知らなかったの?兄者」
「知っていたさ」
「ははっ、そうだよね」
突如EMP攻撃で墜落しないか肝を冷やしたが無事に着陸できそうだ。どうやら八重樫達は役目を果たせたらしい。機体は後部ハッチを展開して皆を迎え入れる。だが喜びも束の間だった。
「敵がそこまで来ている!直に押し入られるぞ!」
足止めをしていた警備が逃げるようにヘリポートに上がってきた。タイミング的にも潮時らしい。
「呼び戻せ!全員乗せろ!」
「早く!」
験司と綾、丈と歩の誘導で生存者達非戦闘員から、コンドウ、首藤と蓮浦が機内両側の向かい合わせに並べられた座席に着く。一樹と蛍も操縦席に着いてインカムを探す。
「全員音信不通になっちゃって心配したで!」
ハイテンションになっているのか大声で話しかけてきた岸田。こちらから連絡を寄越せなかったためかなり不安だったらしい。
「みんな端末が壊れたの、心配かけたわね」
「いやぁ、助かった!もう駄目かと思ったよ」
一樹と蛍は岸田を労い、持ち上げる。実際それだけの働きをしているため一切の躊躇いはない。褒められた岸田の気分が最高潮まで高揚したところで、引田も操縦席に入ってきた。験司用に医療キットを取りに来たようだ。
「今回は本当に助かったわ。ありがとう」
「俺がんばったで!やるときゃやるんや!」
引田もまずは岸田に礼を言った。先程から岸田が関西弁ではあったが咎める者はいない。誰もが今日くらいは大目に見ようと思っているのだろう。だがそれが岸田をさらに増長させた。
「だから深紗さん、俺と結婚してほしいんや!」
「……」
「……」
「……」
この場のただならぬ空気に堪えかねた一樹は白目を剥きながらインカムを装着。蛍もため息をつくとインカムを装着。とりあえず岸田と引田の二人きりの会話を成立させようとした。
「……」
「……」
機外で全速回転するローター音だけが静寂を支配した。次第に冷静になっていった岸田の表情が不安げになっていく。引田は数秒置いてから口を開いた。
「岸田さん、時と場所を考えられない人は嫌いよ」
「はぅ!」
引田は医療キットを持ち出すと珍しく伏し目がちに立ち去った。一樹も貰い事故をされた気分で横目で見守る。
「は…ははは…離陸します…」
岸田は声を絞り出すように発した。その言葉は標準語に戻っていたが抑揚が震えていた。もう仕事に打ち込んでショックを忘れるしかない。
「待って。まだ全員乗ってないわ」
蛍は傷心の岸田へ何事もなかったかのように制止する。仕方ない状況だが職場の上司とは辛い立場である。
「敵だ!」
階段からは機関銃手ではなく傭兵が上がってきた。警備は手持ちの突撃銃で入口を銃撃して牽制するが一人入られる。綾は積み上げられた機材を念力で崩し、バリケードを完成させた。
「まずいぞ逃げられる」
バリケードを前に再び立ち往生した傭兵達。浮き足立つ傭兵達はやや冷静さを失い興奮している。
「どうすんだ!」
「おい!」
「落ち着け。手は打ってある。まずはC4でバリケードを突破しろ」
ワーカーはほくそ笑むと、傭兵が紙粘土に酷似した爆弾をバリケードに設置し始めた。起爆装置の鉄芯を突き刺し、リード線を伸ばして安全圏まで仲間共々退避していく。階段は密閉空間のため少し遠めに距離を取らなければならない。
『間もなく到着するぞ。どこで落ち合うんだ?』
ワーカーに通信が入った。逃走用の役割を振った仲間のものだ。
「まだ仕事は終わっちゃいねぇ。ヘリポートのオスプレイの離陸を阻止しろ。あれにはターゲットが乗っているぜ」
『ラジャ』