決着の日~2028~
サモアは子供の頃に観た映画の影響でスナイパーに憧れた。ストーリーの展開ではあるが悪者を一方的に返り討ちにしていく外連味あるアクションが少年の瞳にはヒーローに写ったのだ。リアリティに気づくハイスクール時代もその憧れは衰えはしなかったのだが、やがて従軍してからは現実を目の当たりにした。
現実の軍隊におけるスナイパーの素養は狙撃能力だけではない。偵察、監視、ルート構築、味方とのコミュニケーション、支援、数学、環境知識、戦術の組み立て、忍耐力と平常心。これらを全てこなし、時には国を背負うプレッシャーに堪えられる人間離れした精鋭しか任命されないのだ。少し射撃が上手いだけでは到底なれるはずもない超人だったのだ。
志し折れ、除隊して傭兵となったサモア。それまでの歪な憧れが変貌した経緯からマークスマンに転向すると積極的にスナイパーを狩るようになった。エリートである「スナイパー」を倒してこそ優越感に浸れるひと時となったのだ。今回もどのように殺してやろうかとサモアは移動しながら考えを巡らせている。ワーカーに虐げられる現状、愛用するグリップに仕留めたスナイパーの人数を刻んでいく楽しみが今は心の支えだ。
「くく…ははは」
一方験司側はサモアを見つけられぬままだった。観測手は専用の光学機器を使っていたが反撃を恐れてまともに索敵できていない。焦る二人の眼下を傭兵達が駆け抜ける。
「クソ!下が突破される!」
「攻撃します!」
「やめろ!」
観測手が手榴弾を投下しようと身を乗り上げた瞬間、サモアに脳天を狙撃された。死体は転倒し手からこぼれ落ちた破砕手榴弾が験司の目前に転がってくると験司は青ざめた。安全ピンは引き抜かれておりどうしても起爆を止められない。
「おい!」
験司は手榴弾を掴む。するとうつ伏せで倒れ込んだ観測手の死体の接地面に押し込んだ。死体で手榴弾を覆いかぶせるように、爆発を封じ込めるつもりだ。
「くっ…」
破裂音。共に死体は一瞬だけ蘇生したように跳ねると再び動かなくなった。破片は死体のボディアーマーと肉塊が受け止めきって被害はない。非人道的な措置ではあったが乗り切る事には成功した。
「すまねぇ…」
験司は遺体に一言謝罪すると再びサモアを捜した。全滅したと思っているこの瞬間がチャンスだからだ。このまま撤退して仲間と合流するのも考えたが、ここでサモアを排除しなければ後で脅威になるのは目に見えている。
「いた…」
サモアを最後に確認した場所から少し飛び、車輌の間を走って移動するその姿を捉えた。験司は急いで狙撃銃を構えて照準器越しに再び捉える。状況は切迫していた。サモアは身を隠しながらも索敵しようとこちらへ銃口を向けている。験司の生存に気づくのも時間の問題だ。先に撃つか撃たれるか。験司は逸りながらも冷静に、早さと正確さを両立させた射撃を見舞う。
「!」
サモアも験司に気づき、若干遅れながらも狙いをつけて発砲した。ほぼ同時だ。後発ながらも験司の発砲に間に合わせた射撃。弾丸は音速で錐揉み回転して空間を切り裂く。地球の自転、湿度、温度、風向、風力。様々な外的要因を受け入れながら直進する弾丸は重量と全長の違いをお互いが確かめるように交錯し、それぞれサモアの顔面と験司の右腕に着弾した。
「!」
「くっ…」
一瞬の断末魔と受け取れる声をあげるとサモアは死体へと成り果てた。自慢だった射撃の腕を存分に振るった上での敗北。しかしサモア脅威の爪痕は決して無駄ではなかった。
「クソ!」
験司は勝利の余韻ではなく、毒づいた。勝負には勝ったが戦闘目的では負けた。サモアの先行させた傭兵が棟の一階に侵入したのだった。すぐに四方の迎撃陣形を崩して内部の守りを固めなければあっと言う間に屋上へ到達してしまう。自分の右腕の出血なんて気にする余裕もなく警備の元へ向かった。