決着の日~2028~
「ちょ…八重樫さん」
「なんだ」
下の階の様子を見に行った綾を送り出した一樹。結局情報を吐かなかった捕虜の死体を片付ける八重樫に、一樹は接収した通信機を顔を引き攣らせながら差し出した。定時連絡を怠ったであろう、仲間から確認の連絡が来ていたのだ。八重樫はこの場にいた多い人種の言語で応答する。
「遅れてすまない。異常なしだ」
『…これぐらいすぐに応答しろ。以上』
定時連絡の確認を寄越したのはジェフであった。通信を切ったジェフは漠然とした違和感の前に、レティクル入りの単眼鏡でヘリポートを目視した。
「どうした?」
「少し様子がおかしい」
ジェフの現在地はヘリポート正面にある厚生棟の陰。壁を背に正面のみ警戒しながら指揮している。戦況が不利になりそうな仲間のサポートに徹するのが役目だ。
「ここからだとよく分からないだろ」
「やはり気になるな。ギャシー、ジーン、見てこい」
仲間が用意した。ジェフは二人を視線で捉えながら瞬きすると忽然と消えた。ジェフはヘリポートを目視して再び瞬きすると二人はヘリポートへ転移していた。
「え!?」
「!」
綾を除いて二人しかいないはずのヘリポートに突如として二人の人間が現れた。捕捉で真っ先に気づいた八重樫と転移してきた瞬間を目撃した一樹。二人とも驚く。
「敵だ!狙撃班は全滅し…」
八重樫は通信し始めた一人を射殺して退けるがもう一人から銃撃を受けて被弾した。弾丸を左胸にくらいダウン。運良く防弾プレートが受け止めてはいるが衝撃までは殺せない。
「あ…」
次に撃たれるのは自分だ。一樹は遮蔽物を探すが間に合わない。戦場での勘は鋭くないが、敵は自分の頭を狙っていると直感した。
「!」
銃声。八重樫が上半身だけを起き上がらせ、自動拳銃で敵の脚を撃っていた。正規軍や傭兵に限らず兵士の下半身は防弾装備が手薄になる場合が多く、この敵も脚が無防備になっている。弾丸は脛へ着弾し、残留。衝撃と痛みで前のめりでバランスを崩し、転倒したところですかさず頭を撃ち抜かれた。助かったが腰を抜かす一樹。
「八重樫さん!」
下から戻ってきた綾も現場を見て何が起きたのか理解した。八重樫は立ち上がると自動拳銃をホルスターに戻す。
「怪我はない。それよりも大変なのは…」
「えぇ…」
「どういう事すか」
「敵も転移に準ずる能力持ちがいるという事だ」
ジェフ、転送の能力者。自分は転送できない、射程は目で見える範囲なので地平線の向こうへは転送できない、一度に送れる質量には限りがある、連続使用の限度を超えればインターバルが必要など、翔子の転移より下位互換の能力であったがその利便性は高い。今回も襲撃直後に狙撃手をヘリポートに送り込んで援護させていたのだ。八重樫も敵のヘリポートへの展開の早さに合点がいった。
「ジェフ、どうする?まだインターバルが必要だろ」
「まだ大勢は送り込めない。いつもの手でいく。全員グレネードを用意しろ」
ジェフはその場にいる仲間全員から手榴弾を出させると一斉に安全ピンを引き抜かせた。それらを全て八重樫達のいるヘリポートへ転送させた。人間一人を送り込むよりも手っ取り早い攻撃だ。
「伏せろ!」
「!」
手榴弾の転送に気づく八重樫。屋上を縁取るように満遍なく送られた手榴弾。炸裂すれば四方から破片に襲われ、逃げ場はない。八重樫と一樹は負傷覚悟で伏せた。絶体絶命だ。しかし綾だけは目を閉じると周りに集中した。
「綾さん!」
「二階堂!」
「任せて!」
綾は全方位に強力な念力を発生させ、爆風に近い勢いであらゆる物を吹き飛ばした。死体と捕虜、接収したいくつかの武器も吹き飛ばされ、手榴弾も殺傷圏外で炸裂。三人とも無傷だ。